アメリカの日本近現代史の先生たちはなぜラムザイヤー論文にあれほど強い拒絶反応を示すのか?

 

 

マグヌス・ヒルシュフェルトの『戦争と性』を読んでいるのだが、宮台真司の解説が付いていて、その中になぜアメリカの日本近現代史の先生たちがラムザイヤー論文にあれほど強い拒絶反応を示すのかを理解するためのヒントとなるようなことが書いてあった。

 

ヒルシュフェルト(1868-1935)はドイツの医師・性科学者。『戦争と性』は、第一次世界大戦時の欧州における性愛関連の振舞いについて詳細につづった本である。

 

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宮台「ドイツが第一次世界大戦で採った国家による管理売春は、兵站としての性の提供であり、性病と暴力の管理を目的としました。この図式は第二次大戦期やその後にかけて広がりを見せましたが、米国だけはこれを採用しませんでした」。理由はピューリタニズムとコストの削減。

 

日本は米国に占領されたので、第二次大戦直後は例外的に米国の枠組みを受け入れた。そのしわよせを深刻に被ったのが沖縄。沖縄の女性が多数、米兵士による性暴力に遭い、死んだので、沖縄民政府は米国に慰安所の公設(すなわち暴力の管理)を要求したが、米軍は断固拒否。

 

仕方がないので沖縄民政府は保健所を通して業者による管理売春を利用して性病を管理しようとした。女性達をできるかぎり業者に所属させ、性病について啓蒙し、コンドームを配るなど、沖縄民政府が多大な負担を負い、米軍はそれにタダノリした。ベトナムでも図式は同じ。

 

宮台は言う。「(米軍は)コストを削減し、税金で売春宿を公設することへのピューリタン的批判をかわしたのです。極めてエゴセントリックな動機です」。 アメリカの先生方の「戦場における性サービスの提供」に対する強い拒否反応は、宮台さんのこの解説を読むと腑に落ちる。

 

たとえば、ラムザイヤー論文に対して反論を書いた学者の1人、エイミー・スタンレー (米国ノースウェスタン大学歴史学教授) は次のようなツイートを投稿している。

 

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https://twitter.com/astanley711/status/1390064862110302208

日本軍が刀を突きつけて処女を誘拐したのであろうが、食堂での仕事を約束して女性を募集したのであろうが私の知ったことではない。たとえ、日本軍が志願者を募ったのであろうと知ったことではない。女性を戦場につれていって集団強姦したりしないこと。以上。

 

これに続くツイートでスタンレーは、「これは人道に対する罪である (That is a crime against humanity.)」 とも述べている。すなわち、彼女にとって、軍隊と売春が関与するものはすべて、働く女性が誘拐されたのであろうが、自発的に応募したのであろうが、人道に対する罪なのである。この罪を免れる方法は何か。米軍が採ったように、軍が売春に関与しないこと。すなわち、暴力の管理を放棄することである。宮台も言うように、これは極めてエゴセントリックな動機といえる。

 

ヒルシュフェルトは「経済的理由で売春を余儀なくされた女性たちを不憫だと述べ、戦時の国家が(中略)女性の自由意志を利用していた」ことを記すが、「暴力的な強制や人身売買を防ぐために国家による管理買収が有効」だとする。だが、次のツイートに見られるように、こうした言葉はスタンレーにとっては馬の耳に念仏である。

 

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https://twitter.com/astanley711/status/1387728592386265090

日本のナショナリストが "慰安所" の設置が民間女性のレイプを「防いだ」と主張することほど皮肉なことはない。(レイプを「防いだ」という代わりに、レイプを)「促進した」と言ったほうがいいのではないか。

 

パク・ユハ(朴裕河)の『帝国の慰安婦』には、『あの星の下に』(1981年)という本から、戦後上陸したアメリカ軍の性暴力に関するある女性の証言が引用されている。

 

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私たちにとってもう一つ恐ろしかったものは、私たちの村を我が物顔で歩く米兵たちでした。守ってくれる人の誰もいない未亡人や、か弱き女子、老いたひ弱な女、人妻の誰彼なく、昼夜の別無く肩にかついで連れ去り、暴行するのです。昼間食べ物を探しに行くにも、いつも人影におびえていました。夜は天井裏や床下に隠れて寝ました。(中略)収容所には毎夜、米兵がドカドカ上がって来て、女たちをかついで出ていきました。

 

NYタイムズの記事によれば、ある学者は戦後すぐの時期に沖縄で米軍兵士に強姦された女性の数は10,000人にも上るという。

 

www.nytimes.com

 

 

ドイツ軍慰安所についてはこちらのまとめが詳しい。

togetter.com

 

 

余談。2013年に橋下徹大阪市長(当時)が米軍司令官に性風俗活用を求めた件について宮台は、「目の付け所はいいものの、前述した理由で独英仏に要求できることを米国には要求できないという歴史的経緯に無知だったので、空振りしました」とばっさり。

 

 6月30日追記: 論旨を明確にするために若干加筆しました。加筆前のテキストはこちらです→

https://megalodon.jp/2021-0630-0743-48/https://tarafuku10working.hatenablog.com:443/entry/2021/06/27/212950

 

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社会正義メッセージをマーケティングに利用したナイキの例のCMについて

ナイキの例のCMについてTwitterでつぶやいたことをまとめておきます。2020年12月初旬のツイートです。


www.youtube.com


ナイキのCMに肯定的な人と否定的な人の違い、国内だけを見てるか、世界的な視点で見てるかの違いじゃないかな。国内だけを見てれば、マイノリティ差別ってよくないよね、で完結する。しかし、世界的に見れば日本人はマイノリティです。左翼の言葉でいえばPoC (people of colour)です。


ナイキというマルチナショナル企業が、世界のほぼどこからでもアクセスできるYoutubeというプラットフォームで、マイノリティ(日本人)を雑に悪役にした動画を公開した。マイノリティを悪役にする場合は、同じマイノリティの善玉も登場させるという最低限の配慮すらせずに。


海外で暮らす日本人の子供がこの動画のせいで嫌な目にあったらどうするの、と思う人もいたかもしれない。マイノリティも声をあげていこうという趣旨のこの動画に賛同する人こそ、この動画に否定的な人を否定できないのではないか。


ナイキはトップ・アスリートと契約して、自社ブランドを彼らと関連付けることでブランド・イメージを高めるというプロモーションをアグレッシブにやってきたわけだけど、今回はアスリートの代わりに社会正義ステートメントを利用した。これはアメリカでは既に行っている手法(カパニックの件など)。


スポーツ選手なら、芸能人や有名人にブランドを関連付けるプロモーションはどこの会社もやっているし、一流アスリートってかっこいいよね、で済む話なのだが、今回は非常に複雑な社会問題を単純な勧善懲悪的ストーリーに落とし込み、情緒を煽り、少なくとも大きな話題を作ることに成功した。


社会問題を単純化して感情を煽り、自ブランドのイメージアップに使うという手法の是非はもっと論じられてもいいと思う。今回の件については、私はナイキの行為は無責任だったと思います。


この動画によって、差別に関する議論が深まったとナイキは考えているかもしれないが、それは違うと思う。下のスクショのように左派の言論人は、この動画に批判的な人を差別主義者または意識の低い人と決めつける。この動画は、議論ではなく分断を深めるために使われた。

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あとやはり、朝鮮学校の生徒を登場させたのは (ご本人の問題ではないにせよ)、リサーチ不足だったのではないか。「じゃあ、横田めぐみさんなど、未来を北朝鮮に奪われた拉致被害者のことはどう思っているんだ」みたいなことはどうしても言いたくなる。


「今回のCMに文句を言っている人をナイキは相手にしていない」と言う人もいるが、これはたぶん正解。ナイキが対象にしているのは、一流選手がCMに出てるからナイキを買おう思う人たち、そして、どんなに薄っぺらなやり方でも「ナイキが社会問題に切り込んだ 、かっこいい」と思える人たちだから。


ウイグルでの強制労働にナイキが関与している可能性が高いことは積極的に語っていきたいと思う。ウイグルで起きている件はほんとうにひどい話だし、間接的にはナイキの偽善性を暴くことにつながる。

www.sankei.com


あと、ナイキとオニツカ (アシックス) との大昔の悶着って、今回あんまり語られなかったですね。実際に何がどうだったのかはもちろん私も知りませんが、アシックス創業者の鬼塚さんはそうとう苦い想いを抱えていたようです。

otokomaeken.com


それから、「声高に社会正義を叫ぶ欧米人」のうさんくささって、ある程度日本人の中で共有されているのでは? と思うんだけど。 特に、反捕鯨団体が、人種差別的感情の合法的なはけ口を善良な欧米市民の皆さんに提供して、寄付金集めをしていたころを覚えている人たちの間では。。。


ナイキが社会正義をマーケティングに利用しながらも、自らの行いについては頬っ被りをしていることを批判するアイリッシュタイムズの記事。「ナイキ。アメリカでは目覚めている(意識が高い)が、それ以外の場所での人権問題についてはタヌキ寝入りをしている」 (注: この記事は日本でのCMに触れているわけではありませんが、米国では意識高い系のマーケティングを行いながらも、ウィグルでの強制労働には無頓着など、ナイキの偽善性を指摘する記事です)

www.irishtimes.com



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イギリス保守党のケミ・ベイデノック平等問題担当副大臣の国会演説

少し前の話になりますが、イギリス保守党のケミ・ベイデノック (Kemi Badenoch) 平等問題担当副大臣の国会演説が話題になっていたので訳してご紹介します。




アメリカやイギリスでは「Black History Month」という黒人の歴史について考えようという月が毎年ありまして、アメリカは 2 月、イギリスは 10 月です。

ベイデノックの演説は、2020年10月20日に「Black History Month」について何人もの国会議員が議会で演説したものの中の 1 つ。


『BLM (ブラック・ライヴズ・マター) や批判的人種理論 (クリティカル・レイス・セオリー) は政治的なものであり、学校で教えるべきものではない』

『「白人の特権」を事実として教えることは、法に反している』など。


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(翻訳ここから)

私たちは、議論の分かれる政治理念を、あたかも明白な事実のように教えることに反対している。共産主義についても、社会主義についても、資本主義についても、そんなことはしていない。私は、人種間の関係に関する危険なトレンドについて話したい。これは私自身にも深く関係することだ。そのトレンドとは、批判的人種理論の推進である。


これは、肌の黒さゆえに私を被害者とみなし、肌の白さゆえに白人を抑圧者とみなすイデオロギーである。はっきりといっておかなければならないことは、政府は批判的人種理論に明白に反対する立場であるということだ。


一部の学校は、反資本主義のBLMグループを公然と支援することを決定した。多くの場合、政治的中立性を保つことが法的な義務だと知っているにもかかわらずである。黒人の命はもちろん大事だ。しかし、大文字のBlack Lives Matterムーブメントは政治的であることを私たちは知っている。なぜ私が知っているかといえば、プロテストの最中に、白人のBLMプロテスターが、ダウニング・ストリートを警備する黒人の武装警官を、(注: 議長に向かって) この言葉を使うことをお許し願いたいが、「ペットのニガー」と呼んだと聞いているからだ。これが、この議会のこちら側に座っている私たち (注: 与党) がこのムーブメントを支援しない理由だ。


BLMは政治的なムーブメントだ。議会のそちら側 (野党側) に座っている皆さんも、これが完全に健全な反人種主差別組織であるというふりをするのではなく、この政治的ムーブメントが行った行為の多くを非難した方がよいのではないか。数多くの有害なものが押し進められている。私たちはそれに反対する。


白人学生に白人の特権や先祖から受け継がれた人種的な罪について教えるような教師を私たちは見たくない。はっきりと言っておきたい。批判的人種理論のこうした要素を事実として教える学校や、バランスのとれた形で反対意見を提示することなく、警察の予算削減などの党派性露わな政治意見を推進する学校は法律を破っている。

(翻訳ここまで)



ベイデノックの演説全体はこちら。上で訳した部分は下の動画の 1:55 あたりから。

www.youtube.com


ケミ・ベイデノックは、1980年にロンドンのウィンブルドンで生まれた。子供のころをナイジェリアのラゴスとアメリカで過ごす。両親は共にナイジェリア系で、父親は医者、母親は生理学教授。2015年からロンドン議会議員。2017年から庶民院議員 (エセックス州のサフロン・ウォルデン選挙区選出)。




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2016年に比べてトランプ大統領に投票した有色人種/女性/LGBTの有権者が増えた件

大統領選挙の投票が終わり、大手メディアはバイデン氏の当選を宣言しました。トランプ氏は選挙の不正を主張して徹底抗戦の構え。まだまだひと悶着もふた悶着もありそうです。


人種差別主義者、性差別主義者などとメディアにレッテルを貼られ続けたトランプ大統領ですが、2016年と比べて白人男性以外の人種/性別で得票を増やしているというデータが出ています。(Edison 社の出口調査)。


また、LGBT コミュニティーからの得票率も倍増とのこと。


こうした傾向の背景についてはもう少し詳しく調査をしなければならないのだと思いますが、興味深い例が1つありましたのでご紹介します。


ノースカロライナ州にロブソン郡 (Robeson County) という郡があります。人口は約13万人。そのうち 42% がネイティブ・アメリカンのラムビー族です。2012年の大統領選挙では、同郡の選挙管区のうち、ラムビー族が多数派を占めているところは、すべてオバマが勝利しました。ところが、今回の選挙では、それらのすべてをトランプが奪ったのです。


ラムビー族が多数派を占める選挙管区の候補者別得票率は以下のとおり。


2012年
オバマ (民主): 59.4%
ロムニー (共和) : 39.2%

2020年
トランプ (共和): 69.1%
バイデン (民主) : 30.1%



ものすごい変わりようですね。


ロブソン郡全体 (つまり、ラムビー族が多数派ではない選挙管区も含む) の過去 3 回の勢力図は以下の図のとおり。民主党のシンボルカラーである青が、共和党の赤に塗り替わっていく様子がわかります。



トランプ大統領は今年 10月下旬にロブソン郡で政治集会を開いています。そして、その直前に、ラムビー族に連邦政府の承認を与える法案を支援すると宣言しています。


上でツイートを引用させてもらった編集者のJ. マイルズ・コールマン氏の分析。「一般的にラムビー族は社会的に保守的で、2012年には同性婚を事実上禁止することに票を投じた。2016年にはトランプを支持したものの、州の選挙では民主党に投票している。国政レベルの民主党がこうした文化的な問題でリベラル色を強めるなかで、この選挙区が民主党から離れていくのは自然なことではないか」

www.washingtonexaminer.com


ここから先はちょっと余談になりますが、この話題を私が知ったのは、クリス・アーナーディ (Chris Arnade) さんという写真家をツイッターでフォローしているからです。


彼は投資銀行に勤めた後、フォトグラファーに転向。全米のマクドナルドを巡り、そこに集う人々の姿をカメラに収めました。つまり、どちらかといえば貧しい人々や忘れ去られた人々のポートレートです。ヒラリー・クリントンが「嘆かわしい人々」と呼んだ人々なのかもしれません。アーナーディ自身はこうした人々を総称して「Back Row America」(後ろの列のアメリカ) と呼んでいます。そして、『Dignity』という写真集にまとめました。


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アーナーディはロブソン郡も訪れて人々と話し、写真を撮影しています。残念ながら『Dignity』に収めることはできなかったのですが、そのときの様子を Twitter に投稿しています (スレッドになっています)。



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David McNeill's article on Abe's resignation

David McNeill wrote an article for the Irish Times on PM Abe's resignation. It is published on 28 August 2020 for the Irish Times.

www.irishtimes.com


I wrote my comment in the readers' comment section for the article.


My comment is as follows (with some tweaks):

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It is interesting to compare this article with the one David McNeill wrote when Naoto Kan, the then-leader of the lefty Democratic Party of Japan (DPJ), stepped down as the Prime Minister in August 2011.

www.irishtimes.com


Kan’s record as the PM was dismal. He mishandled the 2011 earthquake/nuclear plant incident. He did not do any good to the economy or foreign affairs. The approval rating for his administration plunged to as low as 15%.


Despite all these, McNeill’s article for Kan’s resignation was sympathetic and even poetic (see the first paragraph of the article). The headline read “'Least bad' Japanese leader Naoto Kan throws in the towel”. He quoted two academics who both desperately tried to save Kan’s butt. No opposite view was offered.


On the other hand, in his latest article, McNeill tried painstakingly to make sure the reader would perceive Abe as a hawkish right-winger/revisionist, played down what Abe achieved and hoped Abe would be remembered as a caretaker (well, McNeill’s wording is “History may well record him as a political caretaker”).


Of course, Abe did not play a perfect game and his record is mixed. However, compared to Kan, he fared much better. In terms of the economy, Nikkei went up from 8,500 to 24,000, the unemployment rate came down from 4.3% to 2.4%, and the jobs-to-applicants ratio rose from 0.8 to 1.6. (The figures are all 2012 vs. 2019). The suicide dropped from 27,858 to 20,169 as well. As for the international relationship, he enhanced existing alliances and developed new partnerships. The number of Covid-19 deaths is relatively low.


According to the Kyodo poll conducted on 29/30 August after the announcement of his resignation, the approval rating for the Abe administration soared by 20.9% from a week ago to 56.9%. On hearing the announcement, Nikkei collapsed by nearly 600 points to 22,735 and ended the day at 22,882.


McNeill clearly failed to capture the reality and the prevailing sentiment in and around Japan again. Or he refused to do so. After all, McNeill is a kind of journalist who puts his own political or ideological agenda before journalistic commitments to finding the truth and documenting empirical facts. Look at the final line of the article. It is McNeill who wants to see Abe’s tenure as a failure. That is his wishful thinking. A wishful thinking does not belong to the straight news section. It may to the opinion section if anybody’s wishful thinking is ever worth publishing on a national newspaper.


Here is more realist/less ideological piece from BBC if interested.


www.bbc.com


This article is written by Dr John Nilsson-Wright, Chatham House (Korea Foundation Korea Fellow and Senior Fellow for Northeast Asia) & University of Cambridge


For what McNeill described as “School textbooks have removed references to war crimes” which was the highlighted text on the print copy, Nilsson-Wright said, “moved away from overly self-critical historical narratives in high-school textbooks.”


Regarding Sino-Japanese relations, Nilsson-Wright wrote:
“Sensibly, while Mr Abe has remained acutely aware of the geostrategic threat posed by China, this has not been allowed to block opportunities for pragmatic co-operation with President Xi Jinping.”


Nilsson-Wright concludes his article as follows:
“Notwithstanding Mr Abe's aspirational, but at best partially realised nationalist ambitions, his pragmatic achievements are likely to be his most enduring legacy.”


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デイビッド・マクニールが安倍首相辞任時と菅直人首相辞任時に書いた記事を比べてみた

日本外国特派員協会のデイビッド・マクニールが、アイリッシュ・タイムズ紙に安倍首相辞任に関する記事を書いていた。


www.irishtimes.com


2011年8月の菅直人の退陣時に彼が書いた記事と比べてみると、彼がジャーナリストとしての責務よりも、自分の政治的・思想的アジェンダを優先する人間であることがよくわかっておもしろい。


www.irishtimes.com


経済にも外交にも原発事故の処理にも、菅直人はいいところを見せられなかったのは周知の事実だが、それでもマクニールの記事は菅に非常に同情的だ。2人の学者 (上智の中野晃一とテンプル大のジェフ・キングストン) の言葉を引用して管を擁護する。反対意見は紹介されない。


今回の記事では、マクニールは安倍が祖父の岸信介の墓参りをして「日本の真の独立を取り戻す」と誓った話から入り、岸がA級戦犯で逮捕されていたことにも触れ、安倍が右翼的な政治家であることを読者に印象付けようとする。安倍の業績を過小評価し、「歴史は彼をつなぎ役 (caretaker) として記憶するだろう」と書く。


ご存じのように安倍政権下で日経平均は 8,500 から 24,000 へと上昇し、有効求人倍率は 0.8 から1.6へと大幅に改善した。失業率は 4.3% から 2.4% へと下がった (消費税を上げたのは間違いなく失策だったが)。外交でも力を発揮した。従来からの同盟関係を強化し、新しいパートナーシップも開発した。新型コロナによる死者数も比較的少ない。辞任発表後に日経平均は600pt近く急落し、共同通信の世論調査では内閣支持率が20.9%上がって56.9%となった。


菅辞任のときもそうだったように、今回もマクニールは日本内外の現実を記事に反映することができなかった。もしくは、そうすることを拒んだ。彼は真実を見つけて事実を語るというジャーナリストの責務より、自分の政治的・思想的アジェンダを優先させることを当たり前に思っている人間だからだろう。


アイリッシュ・タイムズはマクニールの記事を「Analysis」などと銘打っているが、たとえばこちらのBBCの記事と比べると薄っぺらさが際立つ。


www.bbc.com


マクニールは外交・経済・安全保障についてはおざなりで、安倍=右翼的と印象付けることにしか興味がないようだ。


BBC の記事は、チャタム・ハウス/ケンブリッジ大学のジョン・ニルソン=ライト教授が書いたものだ。


たとえば、マクニールは「学校の教科書から戦争犯罪に関する記述を削除した (School textbooks have removed references to war crimes)」と書いていて、アイリッシュ・タイムズの紙面ではこの部分が大きめの文字でレイアウトされている。ジョン・ニルソン=ライトの記事では、これは「高校の教科書に関して、過度に自己批判的な歴史記述から離れた (moved away from overly self-critical historical narratives in high-school textbooks)」となっている。


ジョン・ニルソン=ライトは、記事を次のように締めくくっている。「安倍の意欲的だが、よく言っても部分的にしか実現できなかったナショナリスト的大志よりも、実際的な成果こそが最も息の長い彼のレガシーとなる可能性が高い」(Notwithstanding Mr Abe's aspirational, but at best partially realised nationalist ambitions, his pragmatic achievements are likely to be his most enduring legacy.)


結局のところ、マクニールのこの記事は、日本の左派野党がなぜダメなのかを図らずも体現するものとなった。安倍=右翼の印象操作だけできれば満足で、外交・経済・安全保障などの重要な問題についてはほとんど語ることができないのだ。

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記事翻訳『トランプの政治集会に参加した私は、民主党が2020年の準備ができていないことを悟った』

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『トランプの政治集会に参加した私は、民主党が2020年の準備ができていないことを悟った』という記事を訳してみました。記事を書いたのは、ニューハンプシャー州に住むカーリン・ボリセンコという女性。心理学の博士号を持っていて、ふだんは、労働環境などについて企業にアドバイスする仕事をしているそうです。

gen.medium.com


20年にわたる民主党支持者で、趣味の編み物に没頭していた彼女が、なぜトランプの政治集会に参加し、なぜ考えを変えたのか。彼女は、この記事を書くまで特に政治的な言論活動をしていたわけではなかったのですが、それはどうしても言葉にしなければならない体験だったようです。


記事を掲載したのは、ミディアム (Medium) というオンライン・プラットフォーム。Twitter や Blogger の共同設立者であるエヴァン・ウィリアムズが主宰するプラットフォームです。


記事が公開されたのは2020年2月11日。共和党の候補者が誰になるのか、激しい争いが繰り広げられていた頃の話になります。


(翻訳ここから)
トランプの政治集会に参加した私は、民主党が2020年の準備ができていないことを悟った。

私は20年間民主党を支持してきた。しかし、この体験 (トランプの政治集会に参加するという体験) は、私の党がこの国の一般的な人々からいかにかけ離れているのかを気付かせてくれた。

文: カーリン・ボリセンコ (Karlyn Borysenko)
2020年2月11日

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左派の私たちは鏡をじっくりと覗き込み、何が起きているのか正直に会話する必要があると思う。


ドナルド・トランプの政治集会に参加することになるだろうと3年前の私に誰かが言ったとしたら、私は笑い飛ばしただろう。そんなことなど起こりっこないと。3か月前ならどうだろう? 私の反応はおそらく同じだったはずだ。そんな私がなぜ、ニューハンプシャー州マンチェスターで、11,000人を超えるトランプ・サポーターに囲まれていたのか? 信じられないかもしれないが、すべては編み物から始まった。


編み物の世界は特に政治的だと思われてはいないかもしれない。しかし、それは間違いだ。編み物の愛好家の多くは、社会正義のコミュニティで活動している。そして、私たちの文化において編み物愛好家が果たしてきた革命的な役割について語りたがる。私がそれに気付いたのは1年ほど前だ。特にインスタグラムでその傾向は強かった。私が編み物をするのは、現実世界のあれやこれやを忘れてリラックスするためであって、現実世界にさらに深く関わるためではない。しかし、編み物コミュニティのオンライン社会正義戦士の一群が、彼らのイデオロギーに沿わない人々を追い掛け回し始めるのを無視することは不可能だった。インスタグラム上の編み物界の有名人たちは、一見なんでもないような言葉を発したために、何百人もの人々に叩かれ、もみくちゃにされた。ある男性は、あまりにこっぴどく叩かれたため、ノイローゼに陥り、自殺しないようにと病院に担ぎ込まれた。こうしたヘイトについて納得できないことはたくさんある。そして、政治的に私と同じ傾向を持つ人々が吐き出す辛辣な言葉を目にしたことで、私の頭の中に警報が鳴り響いた。


私は、トランプに投票する人はすべてレイシストだと考えるような民主党支持者の1人だった。彼らはひどい人々だと (そして、嘆かわしい人々だとすら) 考えていた。どんなに些細なコメントであったとしても、トランプ支持を表明する人をフレンド解除し、ブロックすることで、自分の空間から彼らの声を取り除くことに腐心した。私は MSNBC をよく視聴していた。そして、トランプはひどいことしかしないし、異性愛の白人男性以外の人をすべて憎んでいるし、欠点を補う長所などひとつも持っていないと信じ込んでいた。


しかし、この小規模でニッチな編み物コミュニティにおいて、左派からの大量の憎悪を目の当たりにした私は、すべてを疑い始めていた。意見の異なる人の声を聞くことで、エコー・チェンバーを打ち破るための積極的な努力を開始した。彼らの考え方を理解したかった。彼らは意見を同じくしないすべての人に対する憎しみで満ちあふれている。それが再確認でるはずだ、と信じていた。


だが、私は間違っていた。左派以外の声を聞けば聞くほど、彼らは悪い人々ではないことがわかった。彼らはレイシストでもナチスでも白人至上主義者でもなかった。社会的な問題や経済的な問題についての意見の違いはある。しかし、意見が違うからといって、彼らが本質的に邪悪だということにはならない。そして、彼らは議論を通じて意見を主張した。私が味方だと思っている人々が、がなり立て、わめき散らすことで意見を通そうとするのとは違っていた。


私は ウォーク・アウェイ (#WalkAway) ムーブメントを発見 (おそらく再発見) し始めた。#WalkAway については聞いたことがあった。MSNBC が、それはフェイクでロシアのボットだと言っていたからだ。かつては民主党支持者だったが、左派の振舞いに我慢ができずに民主党を離れた人々に実際に会ってみることにした。私は、さまざまなマイノリティ・コミュニティのために彼らが開いたタウンホール・ミーティングを視聴した (YouTube ですべてを見ることができる)。また、さまざまな肌の色、バックグラウンド、指向、 体験を持つ人々の分別ある理性的な議論に耳を傾けた。そのコミュニティの Facebook グループに参加し、毎日のように新しい人が現れては、民主党から離れた理由を語るのを聞いた。それはフェイクではなかったし、彼らはロシアのボットでもなかった。それは新鮮な体験だった。そのグループ内には、普遍的な合意などというものは存在しなかった。トランプを支持する人もいたし、支持しない人もいた。彼らは、罵声を浴びせるでも逆上するでもなく、互いを糾弾して排除しようとするでもなく、意見を交わし、シェアしていた。


(注: WalkAway キャンペーンは、もともとはゲイ・ライツの活動家だったブランドン・ストラカが 2018 年に始めたソーシャル・メディア・キャンペーン。社会の分断を拡大するような姿勢を取り続ける民主党から離脱 (WalkAway) することを呼び掛ける運動。ストラカの声明動画の翻訳はこちらから↓)


togetter.com


私はあらゆることを疑い始めた。真実ではないストーリーを私はどれほど信じ込まされてきたのか? 敵陣営に関する私の認識が間違っていたとしたらどうだろうか? 国の半分があからさまにレイシストなどということがありうるのか? 「トランプ錯乱症候群」(注: トランプのやることなすことすべてに反対する人々を指す言葉。揶揄として使用される) は実際に存在し、過去 3 年間、私はこの病を患っていたのだろうか?


そして、最大の疑問はこれだ。トランプと彼の支持者を困らせるためだけにこの国が失敗すればいいと考えるほど、私はトランプを憎んでいたのか?


ニューハンプシャー州の予備選挙に話を戻そう。あらゆる政治家が、有権者にアピールするために州内を駆け回っていた。私はほとんどすべての民主党支持者を実際にこの目で見た。そして、彼らのメッセージはほぼ間違いなく悲観的で陰鬱なものだったということを知った。ドナルド・トランプとの明白な意見の違いに焦点を合わせるだけでなく、この国がいかにひどい人種差別がはびこる場所だということを強調するのだ。


もちろん、人種について言えば、私たちが社会として検討しなければならない切実な問題を抱えていることは間違いない。私は、性別やバックグラウンドにかかわらず、あらゆる人が平等な機会を得るべきだと信じている。そして、ある人が別の誰かよりも本質的に価値がある、または価値がないという考えには反対である。2017年にバージニア州シャーロッツビルで行われた抗議集会では、本物のレイシスト、本物のナチス、本物の白人至上主義者が悲劇を引き起こした。しかし、こうしたレッテルは、ほとんどのトランプ支持者には当てはまらないことを私は理解し始めた。


それでもまだ、トランプの集会に参加すると考えることすら嫌だった。私は、トランプの態度がこの国で最高の公職に就く人物にふさわしいとは思わない。彼のツイートは大嫌いだ。彼の政策の多くに強く反対する。しかし、それでも、私は自分の目で確かめたかった。


正直に言えば、私は不安だった。そこで、慣れ親しんだ場所から始めることにした。集会から数ブロック離れた場所で MSNBC がライブで番組を中継していたので、まずそこを訪れたのだ。私は、トランプ帽に似た赤い帽子を被ることにした。しかし、トランプ帽とは小さな違いが 1 つだけあった。「Make Speech Free Again」(言論の自由を取り戻そう) と書いてあるのだ。それは、キャンセル・カルチャーに対する私のささやかな抵抗だった。笑い話にでもなればと、私はそれを被ったまま、MSNBC のキャスターのアリ・メルバーと写真まで撮った。


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おもしろいのは、その帽子は人によってどのようにでも解釈できることだ。左派の人々といるときに被れば、それは右派に対して意見していると解釈される。右派の人々といるときに被れば、それは左派に対して意見していると解釈される。それは、私たち自身の視点やバイアスが世界の見方にどれほど影響を与えるかを、あらためて思い出させてくれた。


私は、収録の現場でおしゃべりする中で、トランプの集会に行ってみようと思っていると軽い調子で口にした。彼らは何よりもまず、私の身の安全を心から心配してくれた。見知らぬ人が、彼らを避けるようにとあれほど熱心に説得してくれたのは初めてだった。ある女性は、トランプ支持者は最低の人々だと言った。別の男性は、過去にトランプの集会に行ったとき、いかつい体をした大男たちの嫌がらせの的になったと言った。別の女性は、ペッパー・スプレーを持たせてくれようとした。私は大丈夫だし、不安になったらすぐに逃げだすからと、彼らを安心させた。


彼らが知らなかったことは、実は彼ら以外にも危険について忠告してくれた人がいたことだ。私は右寄りのオンラインの友人にも話を聞いていた。彼らも私が集会に行くことを本気で心配してくれた。ただし、他の参加者を恐れたからではない。左派が参加者を暴力的に攻撃することを恐れていたのだ。その前日、フロリダの共和党登録テントに車が突っ込むという事件があった。似たようなことが起こるのではないか、また、アンティファがボストンからバスで人を送り込むのではないかと、真剣に警戒されていたのだ。左寄りの人々に対してそうしたように、右寄りの友人にも私は大丈夫だと言って安心させた。そもそも、ニューハンプシャーではアンティファはほとんど存在感がないのだ。


しかし、不安をまったく感じなかったと言えば嘘になる。周りにいるすべての人があなたの身の安全を心配しているなら、彼らにも一理あると考えないわけにはいかない。しかし、だからこそ、私はこの目で確かめたくなった。どちらも相手を同じような目で見ていることが、はっきりと確認できたからだ。どちらも相手のことを恐れ、相手が何をするか不安に思っていた。少しの間でも、彼らが相手のレンズで世界を眺めることができたらどうなるだろうと考えざるをえなかった。自分たちが思うほど世界が見えていなかったことに、はっきりと気付くのではないか。


開場の 1 時間半前に私はアリーナに着いた。それは、すなわち、トランプが登壇する 4 時間前ということだ。ドアが開くのを待つ列は、既に 1 マイル (1.6km) にも達していた。待つ間、私は周りの人と会話した。事前に聞かされていた悪い話とはまったく逆に、彼らはとても感じのいい人たちだった。からかわれも、脅されもしなかった。一瞬たりとも身の危険を感じることはなかった。彼らは、どこにでもいる普通の人々だ。退役軍人もいたし、教師もいたし、自営業の人もいた。この集会に参加するという興奮を味わうために、あらゆる場所から集まってきている。彼らは上機嫌で、ワクワクしているのがわかる。私は、会話の中で、自分は民主党支持者だと口を滑らせもした。彼らの反応は、「よく来たね。ようこそ」だった。


会場の中は、ゴキゲンなムードに満ち溢れていた。それは政治集会というよりもロック・コンサートだった。人々は心の底から楽しんでいた。ラウドスピーカーから流れる音楽に合わせて踊っている人もいた。それは、私が参加してきたどの政治集会とも大きく異なっていた。2008年のバラク・オバマのときですら、これほどのエネルギーは感じなかった。


その 2 日前、民主党のすべての候補者が登壇したイベントに私は参加していた。会場も同じだった。しかし、雰囲気は対照的だった。まず、トランプの集会では、会場は上から下まで埋め尽くされていた。民主党の集会はそうではなかった。主だった民主党候補が全員出席し、無料チケットを配布していたにもかかわらずだ。トランプの集会では、すべての人々が 1 つの目標に向かって団結していた。民主党の集会では、聴衆は気にくわない候補者にブーイングし、互いに怒鳴り合っていた。トランプの集会では、未来を見る目はまぎれもなく楽観的だった。民主党の集会にあったのは、悲観と陰鬱さだった。トランプの集会には、アメリカ人であることを心の底から誇りに思う気持ちがあった。民主党の集会では、この国は上から下までレイシストなのだと強調していた。


トランプは常に最良のシナリオを提示しようとする。彼は嘘もつく。それは証明可能だ。しかし、この集会の強みは、事実や数字にあるのではない。自分たちの味方をしてくれる人がいる。自分たちのために戦ってくれる人がいる。そう感じて集まってきている人々。それがこの集会の強みだ。「そりゃあ、彼らは楽しんでいるのだろう。カルト集団なのだから」と言う人もいる。しかし、それは違うと私は思う。現実には、私と話をした人の多くは、なんらかの点でトランプに同意していない。必ずしもトランプの態度が好きなわけでもない。あんなにツイートしなくてもいいのにと思っている。カルトの崇拝者はリーダーに疑問を投げかけたりしない。私が話をした人は疑問を持っている。しかし、彼らの目には、良い面が悪い面をはるかに上回っているのだ。トランプは完璧だから愛されているのではない。欠点にもかかわらず愛されているのだ。トランプなら後ろ盾になってくれると彼らが信じているからだ。


集会が終わった。中に入れなかったためにアリーナの外で巨大スクリーンを見ていた何千人もの人々の横を通り過ぎながら、11 月の選挙でトランプが負けることはないと私は確信していた。そんなことはありえない。民主党が候補者に誰を指名しようが、トランプに打ちのめされるだろう。私の言うことを信じられないなら、彼の政治集会に参加して、自分の目で確かめてみるといい。心配しなくていい。彼らが襲ってくることはないから。


私は今日、ニューハンプシャー州の予備選挙で、ピート・ブティジェッジに投票した。ピートはこの国にとって素晴らしい働きができると心の底から思う。そして、将来的にチャンスを得ることもおそらくあるだろう。しかし、私は明日、投票者登録を民主党から無党派へと変更する。過去 20 年間支持してきた党を離れ、しばらくの間、中間地点から見守ることにする。どちらの党にも、私の居心地を悪くさせる極端な人々がいる。しかし、どちらの側であっても、ほとんどの人は善良でまともな人々であると私は基本的に信じている。どちらも、この国に最良のことを願っているが、そこに至るまでの方法について意見が大きく異なるだけだ。しかし、両者がお互いを人間だと認め始めるまで、分断に橋が架かることはないだろう。これ以上の分断に力を貸すことを私は拒む。投票先が異なるからといって、会ったこともない人を憎むことを私は拒む。この国を癒すつもりがあるなら、歩み去るのではなく、歩み寄る姿勢を見せ始めなければならない。


この 11 月、民主党支持者は手痛い一撃をくらうことになるだろう。選挙結果に大きな衝撃を受けるだろう。なぜなら、彼らは世の中の現実を反映していないエコー・チェンバーの中で暮らしているからだ。それが警鐘になればいいと思う。鏡の中を見つめ、どうしてこんなことになってしまったのか自問自答するきっかけになればいいと思う。そうすれば、彼らは人の話を聞き始めるかもしれない。その可能性はどちらかといえば低いと思うがが、希望を持つことは悪くない。

(翻訳ここまで)


この記事がかなり話題となったこともあり、ボリセンコは先日、PragerU の動画に登場して、同様の趣旨のことを 5 分間ほどにまとめてしゃべりました。私が彼女の名前を知ったのも、そのときが初めてです。その動画を翻訳して Twitter にあげたところ、かなりの反応をいただきましたので、今回、この記事も訳そうと思いました。


PragerU の動画とその翻訳の書き起こしはこちらからどうぞ (スレッドになっていますので、クリックしてお読みください)。


編み物コミュニティと左派的な政治活動の組み合わせは、奇妙な組み合わせに思われるかもしれませんが、あの世界もかなり強烈なイデオロギーに支配されているようです。編み物というのは時間的な余裕がないとできない趣味ですし、教育レベルの高い中産階級以上の方々が多いと思われますので、左派/リベラル的政治傾向と親和性が高いのかもしれません。編み物クラスタ内の政治的軋轢/キャンセル・カルチャーについては、昨年、Quillette誌に3本ほど記事が出ています。

quillette.com

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ボリシェンコは、2020年8月5日公開のポッドキャスト「Triggernometry」にも登場して、1時間にわたってインタビューを受けています。その動画へのリンクも貼っておきます。

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