エイミー・スタンリーのエッセイ『On Contract』の問題点

ラムザイヤー論文の撤回を要求している歴史家グループの1人、エイミー・スタンリーが書いたエッセイ『On Contract』の問題点を指摘したい。

 

このエッセイにおいてスタンリーは、インドネシアで起きたスマラン慰安所事件(注)のような拉致強姦が韓国でも日本軍によって広く行われていたのだと、確たる証拠もあげずに読者に信じ込ませようとしている。

 

注: 1944年2月、南方軍管轄の第16軍幹部候補生隊が、オランダ人女性35人を民間人抑留所からジャワ島のスマランにあった慰安所に強制連行し強制売春させ強姦した事件。戦後、国際軍事裁判所において当該軍人や軍属に有罪が宣告され、数名は死刑に処された。

 

しかし、スマラン慰安所事件の前後の状況をちゃんと見れば、現地女性を拉致して”慰安婦”にする意図が日本の軍部に組織としてはなかったことが逆に明確になるのだ。

 

(1) 吉見義明の『従軍慰安婦』には、軍司令部は慰安所では自由意志のものだけ雇うようにとはっきり注意したという証言が引用されている。吉見は「(問題を起こした)南方軍幹部候補生隊はこの指示を無視した」と書いている。

 

(2) 強制的に連れていかれた女性たちがいた売春宿は約2か月後に突然閉鎖される。被害者の1人で後に手記を発表したヤン・ルフ・オヘルネ (ジャン・ラフ・オハーンとの表記もあり)はその理由を詳しく書いてないが、マルゲリート・ハーマーの『折られた花』には、「強制連行された少女の母親が、日本軍高級将校に通報する機会を得た。その将校はただちに行動を開始し、その結果、各地の抑留所から連行された少女たちのいる売春宿は即刻閉鎖との命令が東京から届いた」という女性側の証言が記載されている(p39)。軍上層部はスマランで起きたことは軍規違反だと明確に認識していたということである。

 

(3) オヘルネが”慰安所”から解放されて一般の収容所に移った後、収容されている女性を強姦しようとした日本兵がいた(未遂)(*下の付録参照)。その兵隊は翌朝の朝礼で上官にピストル自殺を強制された(実際に自殺)。これは、目撃した(させられた)オヘルネが手記に書いている。ここでも軍上層部が規律の維持に躍起になっていたことがわかる。

 

(4) 上の注にも書いたが、スマラン慰安所事件に関与した軍人や軍属は、戦後、国際軍事裁判所において有罪が宣告された。

 

スタンリーの『On Contract』では、上記の1、3、4には触れられていない。2には触れているが、日本側がそれ (軍上層部に報告が届き次第、売春宿は即刻閉鎖されたこと) を主張しているという書き方をしているので、読者にはそれが本当に起きたことかどうかはわからない仕掛けになっている。

 

スタンリーが本当にスマラン慰安所事件のことをよく知らずにこのエッセイを書いたのか、それともわざと不都合な情報を隠して読者に誤解させようとしたのか、それはわからない。しかし、どちらにせよ、学者としては不誠実で無責任な振舞いである。

 

ちなみに、スタンリーがオヘルネの話を持ち出した理由の1つは、白人系の被害者の話をすることで、アメリカの世論が盛り上がることを期待していたからだろう。これには前例があるからだ。

 

朴裕河の『帝国の慰安婦』から韓国Oh My Newsの記事を孫引きする。

 

オヘルン(ヤン)おばあさんが去る2月15日、米下院聴聞会に出て第二次世界大戦当時の惨状を生々しく証言すると、これまでたいした関心を示さなかったアメリカのマスコミが、日本軍慰安婦問題に注目し始めた。(韓国オーマイニュース 2008.07.03)

 

これは2007年米国下院の慰安婦決議案に関してのオヘルネの証言のこと。朴裕河はこれについて、「白人女性が日本軍に売春を強いられたことが、彼ら自身の屈辱的な体験を思い起させたとしても不思議ではない」と指摘している。

 

 

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*付録:  強姦未遂によって裁判もなく自殺させられるというのは確かにひどいことなのだが、当時こうしたことが行われていたのは日本軍だけではないということを示すために、メアリー・ルイーズ・ロバーツの『兵士とセックス』からノルマンジー上陸作戦後のフランスで米軍が行った行為について引用したい。文中の「憲兵」「黒人兵士」は共に米軍の兵士、女性は強姦被害者のフランス人である。

 

憲兵が被害者の前に12人の黒人兵士を並ばせ、ただちに確認するよう迫った。女性がようやく1人の兵士を指さすと、兵士は即刻、彼女の庭で絞首刑に処せられた。「そんなことするなんてひどすきます!」。恐怖におののいた彼女は叫んだ。(p319)

 

 

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