Unseen Japan とジェフリー・J・ホール

海外の人が好きそうな日本の話題をニュースポータル的に英語で発信するX (旧 Twitter) アカウントがある。1つは「Unseen Japan」というアカウント。フォロワーは10万人以上いる。2008年頃に問題になった『毎日デイリーニューズWaiWai』のような悪意に満ちた根も葉もない嘘を発信しているわけではないが、外国人 (西洋人) が持つ日本人のステレオタイプにおもねるような投稿が多い。たとえば日本は閉鎖的だ、LGBTに関して意識が低い、などだ。翻訳のまちがいも散見される。中の人のひとりは Jay Allenという米国人でこういう人らしい↓。

 

 

このアカウントが最近拡散した不正確な情報の1つは、ミス日本を辞退した椎野カロリーナさんについてである。彼女がミス日本を辞退したのは不倫問題とその説明で嘘をついたからなのだが、Unseen Japanは日本および海外からヘイトを受けたという情報だけを添えて彼女の辞退を伝えた。これにはさすがにコミュニティノートが付き、Unseen Japan は投稿自体を黙って削除してしまった。

 

もう1つはジェフリー・J・ホール(Jeffrey J. Hall)という大学の先生のアカウントである。フォロワーは35000人を超え、毎日精力的にツイートしている。彼は神田外語大学の講師で国際政治学が専門。『インターネット時代の日本のナショナリスト右派 (Japan’s Nationalist Right in the Internet Age)』という著書があり、これはチャンネル桜などの保守系団体がどのようにインターネットを利用して活動しているのかについて研究したものらしい。

 

取り上げる内容は幅広く、ゆるキャラなどの柔らかい話題から事件や災害、そして政治の話題まで硬軟取り混ぜて発信する。政治的にははっきりと左派であり、中立的なニュース・サイトのようなスタイルをとりながら、ご自分の意見を表明したり、明らかに左派・リベラルの読者の耳に気持ちよい切り口を提供する。

 

いくつか例をあげる。

 

昨年、エマニュエル米国大使が日本政府にLGBT法案を推進するようにSNSなどでプレッシャーをかけて内政干渉ではないかと議論を巻き起こしていた時期のことだ。ホールの立場は「LGBT法案に反対しているのは保守的な政府であって、一般の人は賛成が多数派だから内政干渉ではない」というものだった。そういう調査結果もたしかにあった。しかし、議論が沸騰するさなかに慎重派が過半数を占めるというANNの世論調査結果がでてきた。私は彼のポストにレスを付ける形で何度か指摘したのだが、彼は最後までこの都合の悪い調査結果に触れることはなかった。

 

また昨年12月にお笑い芸人の島崎俊郎が亡くなったときには、ホールは島崎の持ち芸のアダモちゃんがアフリカの黒人をバカにしていると糾弾調でポストした。だがご存じのようにアダモちゃんはポリネシア人のキャラ。Wikipediaに不正確な記述があってそれを信じたということらしいのだが、これも私が間違いを指摘しても修正も削除もしなかった。

 

アフリカの黒人だろうがポリネシア人だろうがあの芸が差別的だという指摘自体は有効なのではと思われるかもしれないが、まず1つには人を差別者だと非難するのは重大な指摘なのだから事実をしっかり確認する手間ぐらいかけてほしいということ。脊髄反射のような投稿をしていたのではご自身の信頼にもかかわるであろう。

 

第二に、ポリネシア人をアフリカ系と取り違えるのは非常にアメリカ的だということだ。アメリカの人種関係のメインストーリーは白人vs黒人である。奴隷制などの過酷な制度的差別があり、近年の賞賛すべき和解の進歩がある。だがその一方でアジア系やポリネシア系を含む他の有色人種は往々にしてその他大勢・脇役扱いされることが多い。

 

Black Lives Matterのときも賛同しない日本人を差別者扱いしている欧米人アカウントをいくつか見た(ホールのことではない。念の為)。米国人でも米国居住者でもないのに、米国の文化的・歴史的背景を理解して黒人を差別反対の代表者として認めなければ差別者になるという理屈らしい。意図的なものか無邪気なだけで結果的にそうなっているのかはしらないが、有色人種の中に格差をつけることで分断統治を進めようとしているのではないかと勘繰りたくもなる。考えすぎと言われるかもしれないが、頭がよくてナルシストでサイコパスでマキアヴェリアンの人はどこにだっているのだ。

 

今年1月にアビゲール・シュライアーの『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』の発売を角川書店がキャンセルしたことは記憶に新しい。トランスジェンダリズムを信奉する人々がこの本はトランスジェンダーを差別する本だとして圧力をかけ、その結果として角川が腰砕けになったのだが、ホールによれば角川が出版を取りやめたのは「人々が言論の自由の権利を行使してこの本に含まれる考え方を角川が推進すべきではないと考えていると言った。角川はその声を聞き、消費者の意見に反応した」だけなのだそうだ。内政干渉と非難されたエマニュエル大使を擁護しようとしたときと同じようなこじつけに私には思えるが。この本は右翼的な書物を専門とする小さな出版社から「発禁になった本」と銘打たれて発売されることになるだろうとホールは予測しているのだが、シュライアー自身のツイートによれば日本での出版権をめぐって入札合戦が起きているそうである。

 

ちなみにLGBTについては米国と欧州も一枚岩ではなくて、英国などはもう道を引き返し始めている。イギリスのタイムズ紙やエコノミスト紙はこの本を年間の推薦本の1つに挙げていたし、アイリッシュ・インデペンデント紙にも好意的なレビューが掲載されていた。

 

大学の先生とはいえ個人のアカウントでの発信なのだから何を発信しようがもちろん自由だ。ただ私たちが気を付けたいのは彼の発信が性質として大手メディアの発信に似ているということだ。大学の先生または大手の報道機関という権威をバックに中立的と感じられる文体で情報が発信する。そこに個人または会社の政治的・思想的見解を忍び込ませる。それによって読者はまるで受け入れ可能な公の場の議論の範囲がそこで指し示されているような印象をうける (彼らが議論の価値はないと仄めかすような見解は公的に議論する価値のない見解のよう聞こえる)。もちろんそれは錯覚であって、それこそが(公的なものではなく)一介の個人または一介の言論機関の見解にすぎないのだが。

 

参考資料

Unseen Japan が削除した椎名カロリーナさんに関するツイートとコミュニティノート

[1]

 

ホールのツイート

*LGBT法案関連 [1][2][3][4][5][6]

*島崎関連 [1][2][3][4]

*シュライアー関連 [1][2][3][4][5][6][7]