英国総選挙: 左派ジャーナリストの記事を訳してみた。「労働党が労働者階級の支持を失ったというのは虚構にすぎない」

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2019年12月に行われた英国総選挙。今回は、左派の主張も聞いてみようということで、選挙の2日前にガーディアン紙に掲載された記事を訳してみました。題して「労働党が労働者階級の支持を失ったというのは虚構にすぎない」。しかし、選挙結果は皆さんがご存じのとおり。

 

筆者のアッシュ・サーカーは、英国のジャーナリスト/共産主義活動家。20代女性。

www.theguardian.com

 

(翻訳ここから)

労働党が労働者階級の支持を失ったというのは虚構にすぎない

2019年12月10日

アッシュ・サーカー(Ash Sarker)

世論調査会社は50年前に作られた社会階層分けの方法で階級を測り、若者の経済的な現実を無視している

イギリスの政治番組を信頼するのであれば、この総選挙で重要な意味を持つ戦場は1種類しかない。サウスウェストの自由民主党と保守党の激戦区など忘れてもよい(うとうとするほど退屈だ)。スコットランド国民党など心配する必要もない。当選してもイングランド人の首相を支えないのであれば、誰が北アイルランドの選挙結果など気にするだろうか。すべての視線が “レッド・ウォール(訳注1)に注がれている。ほんの1か月前には、この言葉を使う者はいなかった。レッド・ウォールとは、労働党が議席を保持し、国民投票ではEU離脱が優勢だった北部やミッドランドの選挙区である。こうした場所には、ワーキントン・マン(訳注2)しか住んでいない。少なくとも、ビクトリア線がまだ開通していない地域に住む人々(訳注3)を澄まし顔で同質化する機会を愛してやまない一部の政治記者はそう信じている。

 

(訳注1: イングランド北部の少なくともこれまでは労働党が強かった一帯。赤は労働党のシンボルカラー)

(訳注2: ワーキントン (Workington) はイングランド北西部にある、かつては炭鉱で栄えた町。あるシンクタンクが、今回の選挙の結果を左右するのは、ワーキントンに住む男性 (に代表されるような人々: 白人、年配、イングランド北部在住) だとした)

(訳注3: ビクトリア線はロンドンの地下鉄の路線なので、単にロンドン以外の場所という意味)

 

もちろん、ブレグジットの文化戦争に直面した労働党が、選挙連合の残留派と離脱派をまとめあげることに苦戦しているのは間違いない。11月末に行われたYouGovのMRP世論調査には、破滅の予兆が現れていた。メインのターゲットである76の選挙区のうち、43選挙区で保守党がリードしているという結果が出たのだ。したがって、この選挙が、労働者階級の有権者を動員する労働党の能力に関する国民投票だと見なされることも、ある程度は仕方のないことだ。

 

日曜日の「アンドリュー・マ―・ショー」で、労働党のグロリア・デピエロが彼女の党は労働者の党であると発言したとき、ジョン・カーティス卿が苦言を呈した。「しかし、あなたの党はもはや労働者階級の党ではない。労働党は若者の党だ」と、英国屈指の選挙学者は口を挟んだ。そして、伝統的な “レッド・ウォール”の有権者にとって、コービンの党は「左に寄りすぎで、社会的にリベラルすぎる」と見られていると付け加えた。労働者階級が社会的に保守的だという考えは、ニール・キノックが労働党党首だった頃とはまったく対照的である。キノックは、“労働者階級の急進主義から距離を置く” ための手段として、意識的に専門職階級に近づいた。しかし、臨時雇いの大学講師としての私のキャリアは、ジョン・カーティス卿の学問的高みには到達していないものの、階級に関するこの論述は、ラテン語を使わせていただけるのであれば、まったくのたわ言(fraff) である。(訳注4: fraff はラテン語ではなくスラング。筆者もわかって使っている)

 

どうしてもそうしたいなら、私を粗野なマルクス主義者と呼べばいい。しかし、UKの若者の経済状況をちょっと見てみれば、”若者” と “労働者階級” を相いれないカテゴリとして扱うのが馬鹿げたことだとわかる。大卒者の81%が、その職業人生の30年を費やして授業料の借金を返済する。18 ~ 24 歳の半分が、一生借金を返すことができないと考えている。30歳以下の全労働者の5分の1 (若い黒人の場合はこの数字は4分の1に上昇する)には、法に反して最低賃金以下しか支払われていない。若者は、ゼロ時間契約(訳注5)で働く可能性が高く、以前の世代に比べて家を持つ可能性も低い。アボカド・トースト(訳注6)などにだまされないでほしい。英国において、収入および資産が乏しい人の過半数は若者なのだ。

 

(訳注5: 勤務時間の保証がなく、雇用主が必要とする場合にのみ勤務する契約。勤務時間がゼロになる場合もあるため、この名称が付いた)

(訳注6: ある豪州の不動産王が、若い人はアボカド・トーストなど食べずに、その分を不動産購入の頭金として貯めるべき、と発言したことに由来)

 

しかし、“労働者階級” と “若者” は、混ざることのない2つの異なる集団だという定説が流通しているのは、1人の選挙学者だけの責任ではない。これは、全国読者層調査(NRS)という社会階層システムに由来する。世論調査会社や評論家が、 “中産階級” と “労働者階級” のことを、もったいぶった言い方でそれぞれABC1とC2DEというカテゴリで呼ぶのを聞いたことがおありだろう。50年以上前に開発され、それ以来変更されていないNRSモデルは、もともとは市場調査で用いられていたものであり、 “世帯主” の職業によって分類が行われる。したがって、ABC1層には、上級管理職から総務の非正規職員までの全員が含まれる。C2DE 層には、熟練/非熟練労働者、失業者、一部の年金生活者が含まれる。問題がおわかりだろうか?

 

英国は、過去50年間に数多くの変化を体験した。マーガレット・サッチャーの時代には製造業と重工業の衰退が、この国の広い範囲から経済的な活力を奪い、階級構成を劇的に変えた。これにより、ガイ・スタンディング教授が呼ぶところの “プレカリアート” が生まれた。これは、低賃金で雇用が安定しないホワイトカラーの労働者の階級である。その収入は非常に不安定であるため、従来の意味で職を持っているとは到底いえない。したがって、肉体労働者と非肉体労働者という分け方は、階級について考える際に意味のある方法ではなくなった。小売業、接客業、またはその他のサービス業で安い賃金で働く人々を、銀行家などと同じ階層 (ABC1)に入れるのは馬鹿げている。

 

しかし、最も重要なことは、NRS社会階層は、財産を測る尺度ではないということだ。したがって、この国で階級がどのように機能しているかを考える際に、年金生活者と失業者を同じ括りに入れるのはまったくもって滑稽だ。お金に関しては、年金生活者は同質的な集団ではない。年金生活者の16%が貧困生活を送っている。民間の借家で暮らしている場合は、これが36%に上昇する。年金生活者は、英国の生活費の高騰によって不相応に大きな影響を受けており、冬が来ると、6人に1人が食料と暖房のどちらかを選ぶことを余儀なくされる。

 

しかし、財産については、英国の年配者と若者の間に、明らかな世代間ギャップが存在するのも本当だ。そして、このギャップはそう簡単に縮まりそうにはない。UKのベビーブーム世代の6人に1人がセカンドハウスを所有しており、 なんと5人に1人がミリオネアである。ローンを組むことができ、過去数十年にわたって低い住宅費で暮らすことができた人々は、若者を締め出す加熱した住宅市場の恩恵を受けるだけでなく、その加熱ぶりをさらに悪化させる。資産で悠々暮らしている年金生活者がC2DEに分類され、借金を背負い、低賃金でカツカツの生活をしているミレニアム世代がABC1に分類されることは十分にありうる。

 

NRS社会階層は、階級を測る目的ではまったく信頼できない。したがって、これに基づいて、労働党が労働者階級の支持を失ったと非難するのは、まったくもって間違っている。実際には、”レッド・ウォール”選挙区の労働者階級の若者を動員することが、この選挙でボリス・ジョンソンを失望させるための鍵になるかもしれない。イースト・ミッドランズ、ウェスト・ミッドランズ、ヨークシャー・アンド・ザ・ハンバー(訳注7)のミレニアル世代は、UKの中で最も急激な生活水準の落ち込みを体験している。

 

(訳注7: いずれもイングランドの地方の名前。9つあるうちの3つ)

 

実際には多様なワーキング・クラスを、地方に住む年配の白人のイギリス人という同質的な集団に落とし込むことが問題なのは、それが根本的に誤解の素となるからだ。それによって、誰に富が集中しているかも、誰が労働党に票を入れそうかもほとんどわからない。ましてや、何十年にもわたる産業の空洞化と中央政府からの慢性的な財源不足に苦しんできた労働者階級の人々の物質的なニーズを満たす方法についてはまったく何もわからない。権力、資金、インフラストラクチャに関する大きな地域間格差に対処することが、”レッド・ウォール” を腐食するブレグジットの威力を中和するための鍵となるだろう。文化戦争における勝者は必ず支配階級なのである。(翻訳ここまで)

 

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