雑誌記事『カニエ・ウェスト、そして黒人保守派の未来』を訳してみた
ラッパーのカニエ・ウェストが、大統領選挙に出馬すると宣言して話題になっています。そこで、ちょっと古い記事なのですが、彼について書かれた Quillette 誌の 2018年4月の記事を訳してみました。タイトルを『カニエ・ウェスト、そして黒人保守派の未来』といいます。
ウェストが、黒人女性の保守派論客でトランプ支持のキャンディス・オーウェンズに賛同したことで、大騒ぎになったころの記事です。
リベラル・エリートは、なぜそれほどまでに黒人の保守派を脅威に感じ、その声を無視しようとするのか、についてです。
記事を書いたコールマン・ヒューズは、このときまだコロンビア大学の学生。記事の翻訳のあとに、彼の簡単な紹介文も書きました。
(翻訳ここから)
カニエ・ウェスト、そして黒人保守派の未来
2018年4月24日
文: コールマン・ヒューズ
(2018年) 4 月 21 日、カニエ・ウェストは 1,340 万人のフォロワーに向けて、次のようにツイートした。「キャンディス・オーウェンズの考え方はいいね」。有名人がお気に入りの政治コメンテーターへの支持を表明するのは、まったく珍しいことではない。しかし、空前絶後の知名度を誇るラッパーが、黒人でトランプ支持の熱狂的な旗振り役であるオーウェンズのような人物への支持を表明するのは、人生に一度あるかないかの出来事だ。オーウェンズは、ブラック・ライヴズ・マターやフェミニズムをはじめ、左派が推進するその他のさまざまな理念を批判している。また、共和党の路線を全面的に支持しているわけではないが、減税や個人の責任の重視など、伝統的な右派の価値の多くに賛同している。
彼女のメッセージの核心にあるのは、「黒人は白人のレイシズムに絶えず晒されている」というナラティブを後生大事に抱え込んで離さない傾向が白人にも黒人にもあるという指摘だ。私たちが必要としているのは、ブラック・アメリカの可能性についての新しいストーリーであり、それはすなわち、醜い過去にしがみつくのではなく、明るい未来を見据えることだ、というのがオーウェンズの主張である。自身の将来について壮大なビジョンを想い描き、自分は現代のシェイクスピアだと考えているウェストが、現代的な抑圧のシステムにより過去のあからさまな不正義が繰り返されており、それによって黒人の可能性が制約されているのだとする左派の支配的な見方よりも、黒人の自己創造というオーウェンズのメッセージを好んだのは容易に理解できる。
ウェストがトランプ支持を表明したときと同様に (後に支持を撤回した)、オーウェンズに対するウェストの支持は、左派よりも右派に好意的に迎え入れられた。数は少なくなりつつあるとはいえ、この国の筋金入りの反黒人差別主義者は共和党に投票する傾向があるにしても、保守主義は原則としてレイシズムにはまったく関係がない証拠だとして、保守派メディアは黒人保守派に飛びついた。対照的に、リベラル・メディアや左翼メディアは、黒人保守派を無視し、彼らが存在しないかのように振舞うことに全力を尽くした。人種の問題について道徳性を独占しているのは左派だというナラティブが乱されると困るからだ。カニエ・ウェストがラッパーであり、黒人のアイコンであることは、本来なら左派に分類される「べき」資質なのだが、それだからこそ彼が保守主義を好むという事実がいっそうの破壊力を持つのだ。
しかし、黒人の保守主義に蓋をし、黒人は声を揃えて左派の意見に同意しているのだと言い募る左派の戦略は、現実離れしているので永遠に続くことはない。さまざまな人種関連の問題についてどう思うか黒人に聞いたとき、その答えはリベラルの原理原則とは異なる場合も多い。たとえば、「教育レベルの高くない黒人の成功を妨げているのはレイシズムではない」と白人が言えば、この人物は構造的な不正義について嘆かわしいほど無知であると左派は考えるだろう。しかし、2016年のピュー・リサーチ・センターの調査によれば、大学を出ていない黒人の 60% が、彼らの肌の色は成功のチャンスに影響は与えなかったと考えている。もし白人が「ラップ・ミュージックは社会に悪い影響を与えている」と言えば、この人物は潜在意識として偏見を持っていると左派の多くが考えるだろう。しかし、2008 年のピュー・リサーチ・センターの調査によれば、黒人の 71% がこの意見に同意する。
さらに、ほとんどの黒人はマイクロアグレッション (訳注: 本人は自覚していないちょっとした差別的言動) を気にしていない。2017 年のケイトー・インスティチュートの調査によれば、黒人の回答者の半数以上は、「あなたは自分の考えをはっきり伝えることができますね」(訳注: 黒人は一般的にそうすることができないと言っているようにもとれる) 「私は他人の人種を気にしない」「この社会では、懸命に努力すれば誰もが成功できる」「アメリカはメルティング・ポットだ」などの言葉を不快に感じていない。だが、進歩派は、マイノリティを守るという名目で、こうした言葉は無神経であると鋭く批判する。どうやらマイノリティのほとんどが気にしていないにもかかわらずだ。
黒人は「進歩的な」政策と親和性があるという見方も、多くの黒人が民主党に投票することを考えれば理解はできるものの、同様に間違っている。アファーマティブ・アクションが良い例だ。この政策は、左派の間では何十年にもわたって批判されることがほぼなかったが、黒人の間ではそれほど意見が一致しているわけではない。2016 年のギャラップ社の調査によれば、大学の入学プロセスにおいて、人種/民族性は「一切考慮されるべきではない」と、黒人の 57% が考えている。既に 2001 年の段階でも、ワシントン・ポスト紙による同様の調査において、優遇政策の目標が「マイノリティにより多くの機会を与えること」であったとしても、採用や入学は「人種や民族性ではなく、厳格に能力や資格に基づいて」決定されるべきである、と 86% の黒人が考えていることがわかっている。
黒人コミュニティの大多数の考え方が正しいかどうかは別の問題だ。しかし、白人リベラル層の多くが支持も許しもしないであろうこうした考え方が、黒人の間では非常に一般的であることについては疑いの余地がない。さらに困ったことに、人種的な優遇措置は実際には黒人の生徒に害を与えているという無視できない証拠について、多くの進歩派は興味を抱いていないか、気付いていないように見える。スタンフォード大学で法律を教えるリチャード・サンダー教授は、アファーマティブ・アクションは黒人学生の失敗のお膳立てをしていると主張する。不釣り合いな学校に入学させることを組織立って行うことで、その環境においては学問的に準備不足の黒人学生が生まれているというのだ。誠意に基づきこの証拠に反論することはかまわない。しかし、サンダーや、同様の主張をする人々が直面しているのは、左派の多くからのレイシズムという非難である。
左派は、世論調査を無視することはできるかもしれないが、カニエ・ウェストを無視するのは簡単ではない。過去には、左派は、支配的な通説に異議を申し立てた黒人の有名人を無視することに成功した実績がある。たとえば、リル・ウェインが、ひざまずいて抗議するコリン・キャパニックを支持しなかったとき。デンゼル・ワシントンが、黒人の受刑率が高いのは、「システム」のせいではなく、父親のいない家庭のせいだと論じたとき。モーガン・フリーマンが、レイシズムはもはや問題ではないと主張したとき。こうした考え方に真剣に取り組めば、それを認めることになる。そしてそれは、左派の考え方のみが、レイシズムに反対する者が持つことができる唯一の考え方あるという神話を脅かすことになる。こうした有名人を単に無視するか、裏切り者、変人、巨万の富に頭をやられた無知な人間だという理由で相手にしないほうがずっと簡単だ。ウェストの評判を落とすために、これからどのような戦術が使われるのかはわからない。しかし、ウェストがテレビの生放送で「ジョージ・ブッシュは黒人になんか関心がない」とブチあげたのは有名な話だ。そんな男を簡単に黙らせることができると進歩派が考えているなら、彼らはおそらく間違っている。
左派は、人種的正義の問題に関する彼らの独占を守るために、レイシズムという非難を頻繁に用いる。ペンシルバニア大学で法律を教えるエイミー・ワックス教授に最近起きたことを見ればわかるとおり (訳注)、反対意見を唱える者が白人なら、その非難は正当だとみなされる可能性が高い。だからこそ、オーウェンズのような黒人の保守派は彼らにとって大きな脅威なのだ。彼らが存在するという事実だけで、反対意見にタブーを押し付ける左派のパワーが乱されてしまう。シェルビー・スティールやトーマス・ソウルなどの著名な黒人保守派が、あからさまなレイシズムの時代に育ち、1960 年代を活動家/マルクス主義者として過ごした後、保守主義に立場を変えたという事実は、保守主義は白人至上主義の巨大な隠れ蓑であるというイメージは誤りであることを示している。こうした黒人保守派の存在が、レイシズムについて保守派が無罪であることの証明にならないというなら、次のデータを検討してみてほしい。2016 年にワシントン・ポスト紙に掲載されたセオドア・R・ジョンソンの分析によれば、アメリカの黒人の 45% が自身を保守派だと認識している。それに対して、リベラル派と自認するのは 47% である。また、一般的に言って、黒人は白人に比べて宗教に熱心である。
(訳注: ペンシルベニア大のロー・スクールで教鞭をとるワックスは、彼女の教えるクラスで「成績上位4分の1に黒人学生が入ったことはなく、上位半分に入ることもまれである」等と発言し、レイシストと非難された。大学側は、1年生のカリキュラムから彼女を外し、選択科目だけを担当するようにした)
しかし、保守的な黒人とリベラル派の黒人に数の上での大きな差がないなら、なぜ彼らは大挙して民主党に投票するのか? ジョンソンはこう指摘する。「1960年にケネディが黒人票の 68% を得て以来、民主党の大統領候補が獲得した黒人票が 82% を下回ったことはない」「バラク・オバマの再選時には 93% の黒人が彼に票を入れた」。ジョンソンの研究が示唆するのは、黒人がリベラルの政策を好んでいるのではないということだ。「2 人の候補がいて、まったく同じ政治的立場を持ち、まったく同じ社会的条件のもとで立候補した場合でも、黒人は共和党候補よりも民主党候補を好む」 (強調は筆者)。ジョンソンは、黒人が民主党に忠誠心を示す本当の理由は、民主党は公民権法を推進したが、共和党は推進しなかったという一般的な認識にあるのではないかと疑っている。
しかし、民主党がエイブラハム・リンカーンの党よりも公民権に関して高い実績を持っているという考えは、控えめに言っても疑わしい。社会学者のムサ・アルガービが指摘するように、公民権法を実際に施行したのは共和党のドワイト・アイゼンハワーであり、彼の前任者である民主党のハリー・トルーマンはほとんど何もできなかった。ロナルド・レーガンの対薬物戦争は大きな非難を浴びたが、ビル・クリントンの犯罪防止法も非常に評判が悪い。それにもかかわらず、1960 年代にリンドン・ジョンソンが広範囲の公民権法を成立させたことから、民主党はこれまでずっと善人だったという印象が生まれた。過去 50 年間のすべての大統領選挙において大多数の黒人票を獲得するにはそれだけで十分だったのだ。
トランプの時代において、リベラルのエリートたちがアメリカの一般的な白人から乖離しているという事実についてはさまざまな場所で書かれるようになった。しかし、リベラルのエリートたちがアメリカの一般的な黒人から乖離しているという事実にはあまり注意は払われていない。また、こうしたエリートたちが、何百万もの黒人が抱く意見を、よくても「支持されてない」、悪くすれば「レイシスト」と表現する事実について払われる注意はさらに少ない。カニエ・ウェストの知名度を考えれば、歯に衣着せぬ彼の物言いが、人種や社会政策の議論にまつわるリベラル派のタブーを壊す力になればと人々が望むのも無理はない。しかし、こうした作られたタブーはリベラル派エリートの見識の構造に深く埋め込まれているので、戦いなくして壊れ去る可能性は低い。しかし、ウェストのような人々が何度も何度もそのタブーを壊していけば、再燃するレイシズムに対する最後の防波堤であり、反レイシズムを真剣に考える人の唯一のオプションであるという左派のセルフイメージが、静かに不同意を表明する何百万もの黒人アメリカ人の重みに耐えかねて崩壊するのも時間の問題だろう。
(翻訳ここまで)
この記事を書いたコールマン・ヒューズは、この記事を書いた2018年の時点では、コロンビア大学の哲学専攻の学部生でした。コロンビア大学の学生新聞であるコロンビア・スペクテーター紙や、ヘテロドックス・アカデミーという非営利団体のブログに既に記事を書いていました。
現在は、City Journal 誌やオーストラリアの Quillette 誌に寄稿するほか、自身のポッドキャスト「Conversations with Coleman」を主宰しています。最近は、ブラック・ライヴズ・マターに懐疑的または批判的な立場から、さまざまなポッドキャストにゲスト出演しています。
その中から2つほどリンクを貼っておきます。TRIGGERnometry と UnHerd のポッドキャストです。