英国の政治学者マシュー・グッドウィンのインタビュー - UK 総選挙の結果を受けて @Triggernometry

英国の政治学者マシュー・グッドウィンが、トリガノメトリー (Triggernometry) というポッドキャスト番組に出て、長めのインタビューに答えていたので、その一部を訳してみた。

 

昨年12月のUK総選挙の総括だけにとどまらず、英国と米国の左派/保守派の今後の動向、取るべき戦略について語っています。特に、英国の保守党が今後、政策を通すだけに満足せず、マスコミや教育機関の左派支配に挑戦していくことになるだろう、という話がおもしろかったです。

 

トリガノメトリーのホストは、コンスタンティン・キシンとフランシス・フォスターという2人のコメディアン。特にキシンは、行き過ぎた左派への批判で、英国において人気急上昇中。

 

(翻訳ここから)

 

(1)2019年までに何が起こったかと言えば、2つの主要政党が占拠されたということだ。左派に目をやれば、労働党は社会的/文化的に非常にリベラルなバラモン左派に占拠された。彼らは、アイデンティティ・ポリティクス(訳注)に熱心で、経済的再分配には特に興味はなく、一流大学出身で、エリートの社会ネットワークの一員で、グローバライゼーションの影響からはほぼ隔離され、美徳や道徳的な優越性を表現することのみに興味を持ち、労働者との階級的/経済的連帯には興味を示さない人々だ。

 

一方、右派の方に目をやれば、保守党や中道右派政党は、商人エリート/ビジネス・エリートに占拠された。規制緩和、経済的リベラル主義、自由市場資本主義の強引な推進にしか興味のない人々だ。これによって、世界中の大多数の人々の声を代弁する政治家がいなくなる。

 

そういう意味で、ピケティの議論は説得力がある。平均的な有権者は、本能的に経済的な保護をもう少し欲しいと思い、それと同時に文化的な保護ももう少し欲しいと思う。それが、現時点の勝利の方程式だ。私の考えによれば、運転席に座っているのが文化で、経済は助手席に座っている。経済が重要でないというわけではないが、文化ほどではない。

 

これについて興味深いことは、ボリス・ジョンソンとドミニク・カミングズ (訳注: ジョンソンの首席補佐官) が、これ (訳注: 商人エリート的な考え方) だけでは十分な議席を得られないと認識したということだ。ベンジャミン・ディズレーリ (訳注: 19世紀後半に英国首相を務めた保守党政治家) やサッチャーという保守政治の伝統に戻る必要があった。これによって、EU離脱票が多かった選挙区において労働党の議席を奪うことができた。

(訳注: アイデンティティ・ポリティクスは、性別、人種、性的指向など、特に社会的に抑圧されているとされる特定のアイデンティティに基づいて集団の利益を代弁して行う政治活動。保守派からは、マルクス主義の階級闘争をアイデンティティ闘争に置き換えたに過ぎないと批判されることも多い)

 

 

(2)欧州のいくつかの中道左派政党が行ったような、現実的な調整を労働党が行わないのなら、この断片化した有権者を再びまとめることはできないだろう。一部の学識者は「あなたは白人優越主義や白人ナショナリズムを正当化または常態化しようとしている」などと論じるかもしれないが、これこそが問題の一部である。なぜなら、労働党や左派政党は、社会について最も極端な解釈を行う思想家、つまり、60年代以降のアイデンティティ左派思想学派を最も強く信じる人々と強固につながり、彼らの影響を受けていることが多いからだ。

 

労働党が最初に行うべきことは、話をする相手を総取り換えすることだ。なぜなら、コービンや現在の労働党を生み出した思想家たちは根本的に失敗したからだ。英国の現状や方向性についてまったく異なる解釈をする思想家やアナリストと話をするべきだ。快適でいられる場所から外に出るべきだ。2016年以降、リベラル左派は、快適な毛布で自分たちをくるんでしまったと私は思う。ケンブリッジ・アナリティカ(訳注)、ロシア、ブレグジット、コービン、巨大なブレグジット・バス、3億5千万ポンド(訳注)

 

一歩下がって、地下深くを流れる水が私たちの社会をどのように変えようとしているのかを考え、こうした新しい緊張をリベラル左派の有権者に紹介しようとする人はいなかった。こうしたことを始めるまで、政権を取り戻すためのロードマップを描くことはできない。同じところをぐるぐる回っているばかりで、政治における新しい基本的なルールを見つけた右派がしばらくの間、主導権を握るのを許すことになるだろう。

(訳注: ケンブリッジ・アナリティカは、かつて存在した英国の選挙コンサルティング会社で、Facebookの個人情報を不正に取得したと疑われている)

(訳注: ジョンソンは、ブレグジットのキャンペーンで、赤い巨大なバスを用意した。その側面には、「英国は毎週3億5千万ポンドをEUに送っている。そのお金を国民健康システムに回そう」と書かれていた。この金額が正確かどうかが大きな議論の的となった)

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(3)英国の政治について私が心配しているのは、野党の弱さとまとまりのなさだ。2016年以降の環境では、社会的に保守的な世界観が支配的である。EU残留派やリベラル左派陣営は、基本的に断片化し、分断されている。これは良くないことだと心の底から私は思う。生き生きとした強い野党が必要だと思う。

 

リベラル左派政党の現在の問題は、多数派を得た保守党が、(今回の選挙で)文化戦争に勝利したとはいえ、文化的な主導権を決定する戦争には勝利していないということだ。したかって、保守党は今、より深い問いを投げかけようとしている。政策プログラムについてだけでなく、「一部の報道機関や教育機関においてリベラル左派が優勢であること、また、ハイカルチャー、ソフトレフト(訳注)の規範などに対して、どう巻き返していくか?」という問いだ。

 

選挙直後の現時点では、左派が直面する課題は選挙に関するものだ。しかし、彼らはこれから根本的に知的で文化的な挑戦に直面することになる。今回の選挙の後、保守党はこうしたことに本当に意欲的になっている。「長期的に文化戦争に負けるのであれば、選挙に勝っても意味がない。主要な組織や教育機関などは、いまでも私たちの長期的な成功や信頼性を蝕む考え方に支配されている」。ジョンソン政権は、おそらくサッチャー時代以来、ほとんどの保守党政権よりも踏み込んだ姿勢を見せると私は思う。「政策を通すだけでは十分ではない」。このポッドキャストであなたたちが議論しているような様々なトピック(訳注: たとえば、アイデンティティ・ポリティクス)について「巻き返しが必要だ」とね。

(訳注: ソフトレフトは労働党内の一派で、ニュー・レイバー一派よりは左で、社会主義者一派よりは右)

 

 

(4)2020年の米国大統領選挙において、トランプには本質的な優位性(訳注)がある。彼は、経済的保護主義と中国に強硬に出ることを主張している。壁を作り、移民を制限することで、文化的保護主義も主張している。だから、彼には本質的な優位性がある。全米の総得票数という意味では苦戦するかもしれない。しかし、彼が力を入れた鍵となる州では、その本質的な優位性がモノを言う。

 

現在の米国民主党は、コービンや労働党と同様に、文化的な社会リベラル主義でもって経済的再分配を主張している。いや、実際にはもっとひどい。ハイパーリベラル主義だ。ザック・ゴールドバーグ(訳注)や米国のいろんな人のTwitterを見ればわかるように、リベラルな民主党左派の一部は、2016年の選挙結果に対し、リベラルな考え方を非常に極端な形でさらに推し進めることで対抗した。マイノリティにこれまで以上に肩入れし、特に白人の労働者階級の有権者など、自分の味方となるべき集団に敵意をむき出しにし、国境の開放をより強く主張した。

 

これはちょうど、彼らほどではないにせよ、英国のEU残留派が移民や移動の自由を推進したのと同じだ。しかし、これは説得力のある対抗手段ではない。こんなやり方で有権者を取り戻すことはできないからだ。もしトランプが再選を果たせば。。。彼が前回勝つと私が思ったのは、彼がこうした2つの側面(訳注)について話したからだ。これはヒラリー・クリントンにはできなかったことだ。しかし、彼が再選を果たせば、民主党だけにとどまらず、リベラル主義にとっての心理的な打撃はとても大きなものになる。なぜなら、私もいくつかの論点ではかなりリベラルなので、私も含め、リベラルは2016年以降のチャンスを無駄にしたことになるからだ。有権者ともう一度つながり、関係を修復するためのレシピを見つけることに失敗したことになるからだ。それは、壊滅的な打撃になる。

(訳注: ここまでグッドウィンは、文化的な保護と経済的な保護の両方が重要だという話をしていて、トランプは既にその2つを政策に組み込んでいるので、その意味で有利だ、という意味。)

(訳注: 米国の左派のブロガー)

(訳注: 経済的な保護と文化的な保護)

 

 

(5)過去10~20年間で、リベラル左派の間で最も盛んに語られていたのは、移民や大学で教育を受けた中産階級の増加により、リベラルの世界がやがて実現するのは既に決定していることだ、というナラティブだった。このナラティブは、トランプが最初に当選するまではとても人気が高かった。スタン・グリーンバーグ(訳注)や他の民主党員は、トランプが勝つはずなどない、なぜなら新たに力を持ってきたリベラルな多数派がいるからだ、などと主張していた。

 

しかし、リベラルに主導権を握ってほしくないと思っている有権者は、それを「これが最後のチャンスだ」というメッセージとして受け取った。リベラルの総意や価値体系を押し戻す最後のチャンスが今なのだ、と。そして、彼らはそのチャンスをものにした。2019年のUK総選挙も同じ。多くの有権者が、より広範な価値闘争における重大な分岐点だと認識した。だから、政党に対する伝統的な忠誠心を喜んで犠牲にした。この広範な闘争においては、全体としてみれば、おそらくジョンソンの方が賭けるに足るオプションだと感じたのだ。

(訳注: スタン・グリーンバーグは、米国民主党の政治戦略家)

(翻訳ここまで)

 

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