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たらふくてんのさぎょうば

八坂神社の騒動で渦中の人となった英国人ツアーガイド氏、TripAdvisor の口コミが元からとんでもなく酷い件

先月下旬に京都の八坂神社で起きた騒動が英国タイムズ紙の記事になった。私の印象としては、一方の当事者である英国人ツアーガイドを善良な被害者として描き、もう一方の当事者である京都在住の女性を悪役として描いた公平とは言い難い記事である。[魚拓][魚拓

 

記事にはその英国人ツアーガイドのビジネスが繁盛していた(thriving)と書いてあるのだが、TripAdvisorのユーザー・レビュー (口コミ) を見てみると、八坂神社の騒動が起こる前からとんでもなく評価が低い。タイムズ紙の記事にはいろいろ言いたいこともあるのだが、ここではレビューの評価が低いという点に絞って書いてみたい。

 

TripAdvisor における彼の登録名は One Kyoto Tours だが、騒動前にそのページに投稿されたレビューで現在読めるものは 7 件。5件が最低点の星1つ。1件が最高点の星5つ。もう1件が星4つである。[魚拓]

 

星1つのレビューを以下に紹介する。すべて英語での投稿である (ツアーガイド氏は英語でガイドを提供している)。元の英語コメントの下に、参考として自動翻訳された日本語訳を添える。

 

1 投稿者: MrPudz91 [魚拓]

 

2 投稿者: Rainer K [魚拓]

 

3 投稿者: Klaid [魚拓]

 

4 投稿者: Road32215348055 [魚拓]

 

5 投稿者: GoPlaces825045 [魚拓]

 

星4つと星5つのレビューも参考までに掲載しておく。

 

6 投稿者: Marco O (この方はイタリアの方で、2段落目以降はイタリア語で投稿したようだ。日本語への自動翻訳があまりよくないようなので、英語への自動翻訳も載せておく)

 

7 投稿者: Shelley N

 

言うまでもないことだが、こうしたユーザー・レビューは個人の感想に基づくものである。TripAdvisorの方でも「この口コミはTripadvisor LLCのものではなく、メンバー個人の主観的な意見です。 トリップアドバイザーでは、投稿された口コミの確認を行っています。」という但し書きをつけている。

 

また、ユーザー・レビューの真実性にも注意が必要である。友人に頼んで自分のお店に好ましいレビューを書いてもらうことはあるだろうし、ライバル会社が事実に基づかない悪口を書いてくることがあるかもしれない。

 

そのレビューの信頼性を確かめるための1つの方法は、その投稿者の過去の投稿を確認することである。そうすれば投稿者が正直にレビューを書いているかどうかはかなりの程度判断できる。

 

今回、最低点をつけた5人の投稿者のうち、初めて投稿した人が4人である。初めて投稿したからといってその信頼性がゼロというわけではもちろんない。普段はレビューを書かないのだが、あまりにひどい扱いを受けたので書き込んだということもあるだろう。また今回の4人はかなり具体的に何があったかを書いてあるので信ぴょう性は高いと感じる。

 

残りの1人が最初に紹介した MrPudz91氏である。この人はこれまで10件のレビューを投稿している。そのうち星5つが2件、星3つが2件、星2つが2件、星1つが4件である。4月の日本旅行に限れば星5つが2件と星1つが1件である。レビューの内容からみてもこの方は正直な投稿者とみて間違いないだろう。[魚拓]

 

MrPudz91氏のレビューの中で気になるのは、ツアーガイドが知らないことを聞かれたときに防御的になると書かれている点だ。今回の八坂神社での一件も、女性に注意されたときにプロフェッショナルに対応すればよかったのに、防御的にふるまったせいで事態をこじらせてしまったのかもしれない。

 

最後に、One Kyoto Toursが実際にこのツアーガイド氏の事業名なのかという点だが、これが判明したのには以下のような経緯がある。一方の当事者である地元女性が動画をX (旧Twitter)に投稿してすぐ、One Kyoto Gallery というX アカウント (現在は削除済み) から抗議があった。そこから名前が似ているOne Kyoto Tours が浮かび上がり、GetYourGuide.com というツアーガイド紹介ページのプロフィール・ページ (現在は削除済み) からツアーガイド氏の本名が明らかになった。それは今回のタイムズ紙の記事に登場したツアーガイド氏の名前とも一致するので、One Kyoto Tours はこのツアーガイド氏の事業名とみて間違いない。

 

 

tarafuku10working.hatenablog.com

 

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ダーティー・コリアン・ビア事件を振り返る

ワシントン・ポスト紙のアナ・ファイフィールド東京支局長 (当時) の不用意なツイートに端を発したダーティー・コリアン・ビア事件からこの5月で9年が経った。欧米ジャーナリストが日本に抱く偏見やステレオタイプによって判断を誤り、事実の確認を怠って不正確な情報を英語世界に拡散してしまうことが往々にしてあるが、これもそうした事例の1つである。この事件を以下に振り返ってみたい。

 

事件のきっかけとなったファイフィールド記者のツイートがこちら。

 

[魚拓]

 

「生ビール等、韓国屋台からのお持ち込みはご遠慮ください。ご協力お願いします」と書かれた張り紙の写真に、「Don’t bring your dirty Korean beer.」(おまえの薄汚れた韓国ビールをここにもってくるな) という彼女自身のテキストが写真のキャプションのように添えられている。

 

このツイートはたちまち炎上した。理由は主に2 つ。まず、韓国のビールを汚いと描写したファイフィールドの言動が差別的だと考えた人がいた。第二に、事務的な連絡事項を書いただけの張り紙をファイフィールドが差別的だとあげつらっているのではないかと感じた人がいた。張り紙の丁寧な言葉遣いや申し訳なさそうにしているネコのイラストから、多くの日本語ネイティブ話者はこの張り紙を差別的だとは受け取らなかったのだろう。

 

これに対してファイフィールドはTwitter上で次のような弁明をしている。

  • 「Dirty」と書いたことで不快な思いをされたのなら誤ります。ジョークのつもりでした。私は韓国と日本の関係をほんとうに気に掛けています。笑い事ではありません。[魚拓]

  • 韓国で同じような張り紙をみた場合でも私はツイートしたでしょう。[魚拓]

  • (Dirty Korean beer という言葉を使って差別を推進しているのではないかという問いかけに対して) 差別を推進しているわけではありません。日本の屋台もビールを売っているのに、韓国の屋台だけを名指しで書くのは変だと思いました。[魚拓]

  • (どこでこの張り紙を見たのかという問いに対して) 品川駅。他の日本の屋台でもビールを売っていました。[魚拓]

  • (なぜ「dirty」という言葉を使ったのかと問われて) 大多数の屋台がビールを売っているのに韓国の屋台だけが名指しされているのを見て私は驚き、軽口をたたいたのです。[魚拓]

 

ファイフィールドは自身に韓国を差別する意図があったことを否定している。常識的に考えてもリベラルなワシントンポストの記者がそのようなツイートをするわけはないだろう。だとすれば、彼女は張り紙の内容を差別的だと判断し、張り紙の主が心の中で思っていると彼女が想像したことを、おもしろおかしく誇張して「Don’t bring your dirty Korean beer.」と書いたのである。彼女のいう「ジョーク」とはこの揶揄的な誇張を指しているのだろう。

 

ファイフィールドのこの行動は正当化できるだろうか。問題の1つは、張り紙にはない「Dirty」という言葉を追加した点である。彼女のツイートは主に英語話者を対象としている。その中の多くの人は日本語が理解できないだろう。そうした人々は、その張り紙は「Dirty」という言葉を使ったあからさまに差別的なものだと勘違いするだろう。

 

第二に (こちらの方がより重要なのだが)、張り紙にはほんとうに差別的な意図が含まれていたのか、ということである。ファイフィールドは現場で張り紙を目撃しているわけだから、担当者をつかまえてその意図を確認することができたはずである。あるTwitterユーザーが繰り返し「担当者に確認をしたのか」と尋ねているのだが[参照]、彼女はこの問いに応答していない。

 

彼女が張り紙を差別的だととらえたのは、韓国が名指しされていたからだという。しかし、当然のことながら国名や人種に言及したからといって差別的だとは限らない。必要であれば言及するのが当然である。不要な場面では言及しないというエチケットがあるのはわかる。その方が無用な争いを避けることもできるだろう。しかし、エチケット違反と差別はまったく別物である。またエチケットは文化に依存するものであり、彼女の属する文化ではエチケット違反かもしれないが、他の文化ではエチケット違反でないものはいくらでもある。ファイフィールドはそのあたりのニュアンスをまるっと無視して、おそらくは当事者に確認する手間もとらず、自分の文化は世界中どこでも通用するものだと油断して、張り紙を差別だと決めつけて揶揄的なツイートしたわけである。

 

では、実際にはこの張り紙はどのような状況で張り出されたものだったのか? 事件発生直後に現場を訪れて張り紙の主に話を聞きに行き、インターネット上でそれを報告してくれた人がいた。その人の話によれば、品川駅の近くの商店街でイベントが行われていて、張り紙を出したのはその実行委員会の人だ。イベントの屋台で飲食物を買った人のためにスペースを用意してあったのだが、そこにイベント参加店ではない韓国屋台で購入したビール等を持ち込む人がいたためそのような張り紙を出したとのことだった。ゴミの仕分けに混乱が生じるのを避けるのが主な理由であるという説明だった。

 

この人の投稿は (私の探し方が悪いのかもしれないが) 今回ネット上で探し出すことができなかった。もしご本人がこのブログを見ていたら、もしくはこの情報がどこにあるかご存じの方がいたら、教えていただけると幸いです。

 

ファイフィールドはダーティー・コリアン・ビア事件で少しは懲りたかと思ったのだが、実は2年後にも同様の間違いを犯している。

 

2017年5月、わいせつ物頒布およびわいせつ物陳列の罪に問われたアーチスト・ろくでなし子氏の控訴審の裁判が行われた。判決は、わいせつ物頒布 (自身の女性器の3Dデータを頒布したこと) は有罪、わいせつ物陳列 (女性器をかたどったオブジェの陳列) は無罪というものであった。

 

それに反応してファイフィールドが投稿したツイートがこちらである。

 

[魚拓]

 

「これはひどい。日本には男性器祭りがあるのに」。男性器祭りとは、男性器のオブジェを神輿にのせて練り歩く川崎市のかなまら祭りのようなものを指しているのだろう。すなわちファイフィールドは、「日本では男性器のオブジェの陳列は許されるのに、女性器のオブジェの陳列すると罪に問われる。これは女性蔑視ではないか」と告発しているつもりなのである。

 

ところがこれは明らかに勘違いである。ろくでなし子はわいせつ物陳列では無罪になったからだ。ここでも日本はひどい男女差別のある国だという彼女の思い込みが事実確認を怠るという油断につながったのだろう。

 

ちなみに、日本には女性器をかたどった山車などを引き回す祭りもあれば (愛知県犬山市の大懸神社[1][2])、子宝や豊穣を祈願するため崇拝の対象として女性器の形をした石や木を祀っているところは存在する (大縣神社、和歌山県白浜市の歓喜神社、和歌山市の淡島神社、愛知県豊川市の風天洞など)。(魚拓[1][2][3][4][5][6])

 

 

このときは前回とは異なり、ファイフィールドは批判コメントには反応せず、謝罪したりツイートの内容を訂正したりすることもなかった。彼女がダーティー・コリアン・ビア事件から学んだのは、予断に基づかない正確な情報発信を心がけることではなく、批判をやりすごすための身の処し方だけだったようである。

 

 

 

参考資料:

RocketNews24 (現在の名称は SoraNews24) の英語記事:

Washington Post writer catches heat for “dirty Korean beer” joke | SoraNews24 -Japan News-

 [魚拓]

SoraNews24 はロケットニュース24の姉妹サイトで、日本やアジアに関する記事を英語で日本から発信している。

 

J-Cast ニュースの記事

「dirty Korean beer」とは一体どんなビール 米大手紙支局長の翻訳は日本のイメージダウン狙ったのか: J-CAST ニュース【全文表示】

[魚拓1][魚拓2]

 

当時のTogetterまとめ:

ワシントンポスト日本支局長、「韓国屋台のビール」を"dirty Korean beer"とツイート - Togetter

[魚拓1][魚拓2]

 

ダーティ・コリアン・ビア事件など歪んだ英語報道に関するモーリー・ロバートソン氏の考察: 

歪んだ英語報道による日本のイメージダウンをいかに回復すればいいか? - Togetter

Anna Fifield - The Washington Post

[魚拓1][魚拓2]

 

アナ・ファイフィールドの経歴: 

1976年ニュージーランド生まれ。ニュージーランドのカンタベリー大とヴィクトリア大学ウェリントンで学ぶ。母国でジャーナリストとしてのキャリアを開始し、2001年からファイナンシャル・タイムズ、2014年からワシントン・ポストで記者を務める。2000年からニュージーランドのドミニオン・ポストで編集者。2022年にワシントン・ポストに戻って現在は同紙のアジア/太平洋担当記者。

 

 

Unseen Japan とジェフリー・J・ホール

海外の人が好きそうな日本の話題をニュースポータル的に英語で発信するX (旧 Twitter) アカウントがある。1つは「Unseen Japan」というアカウント。フォロワーは10万人以上いる。2008年頃に問題になった『毎日デイリーニューズWaiWai』のような悪意に満ちた根も葉もない嘘を発信しているわけではないが、外国人 (西洋人) が持つ日本人のステレオタイプにおもねるような投稿が多い。たとえば日本は閉鎖的だ、LGBTに関して意識が低い、などだ。翻訳のまちがいも散見される。中の人のひとりは Jay Allenという米国人でこういう人らしい↓。

 

 

このアカウントが最近拡散した不正確な情報の1つは、ミス日本を辞退した椎野カロリーナさんについてである。彼女がミス日本を辞退したのは不倫問題とその説明で嘘をついたからなのだが、Unseen Japanは日本および海外からヘイトを受けたという情報だけを添えて彼女の辞退を伝えた。これにはさすがにコミュニティノートが付き、Unseen Japan は投稿自体を黙って削除してしまった。

 

もう1つはジェフリー・J・ホール(Jeffrey J. Hall)という大学の先生のアカウントである。フォロワーは35000人を超え、毎日精力的にツイートしている。彼は神田外語大学の講師で国際政治学が専門。『インターネット時代の日本のナショナリスト右派 (Japan’s Nationalist Right in the Internet Age)』という著書があり、これはチャンネル桜などの保守系団体がどのようにインターネットを利用して活動しているのかについて研究したものらしい。

 

取り上げる内容は幅広く、ゆるキャラなどの柔らかい話題から事件や災害、そして政治の話題まで硬軟取り混ぜて発信する。政治的にははっきりと左派であり、中立的なニュース・サイトのようなスタイルをとりながら、ご自分の意見を表明したり、明らかに左派・リベラルの読者の耳に気持ちよい切り口を提供する。

 

いくつか例をあげる。

 

昨年、エマニュエル米国大使が日本政府にLGBT法案を推進するようにSNSなどでプレッシャーをかけて内政干渉ではないかと議論を巻き起こしていた時期のことだ。ホールの立場は「LGBT法案に反対しているのは保守的な政府であって、一般の人は賛成が多数派だから内政干渉ではない」というものだった。そういう調査結果もたしかにあった。しかし、議論が沸騰するさなかに慎重派が過半数を占めるというANNの世論調査結果がでてきた。私は彼のポストにレスを付ける形で何度か指摘したのだが、彼は最後までこの都合の悪い調査結果に触れることはなかった。

 

また昨年12月にお笑い芸人の島崎俊郎が亡くなったときには、ホールは島崎の持ち芸のアダモちゃんがアフリカの黒人をバカにしていると糾弾調でポストした。だがご存じのようにアダモちゃんはポリネシア人のキャラ。Wikipediaに不正確な記述があってそれを信じたということらしいのだが、これも私が間違いを指摘しても修正も削除もしなかった。

 

アフリカの黒人だろうがポリネシア人だろうがあの芸が差別的だという指摘自体は有効なのではと思われるかもしれないが、まず1つには人を差別者だと非難するのは重大な指摘なのだから事実をしっかり確認する手間ぐらいかけてほしいということ。脊髄反射のような投稿をしていたのではご自身の信頼にもかかわるであろう。

 

第二に、ポリネシア人をアフリカ系と取り違えるのは非常にアメリカ的だということだ。アメリカの人種関係のメインストーリーは白人vs黒人である。奴隷制などの過酷な制度的差別があり、近年の賞賛すべき和解の進歩がある。だがその一方でアジア系やポリネシア系を含む他の有色人種は往々にしてその他大勢・脇役扱いされることが多い。

 

Black Lives Matterのときも賛同しない日本人を差別者扱いしている欧米人アカウントをいくつか見た(ホールのことではない。念の為)。米国人でも米国居住者でもないのに、米国の文化的・歴史的背景を理解して黒人を差別反対の代表者として認めなければ差別者になるという理屈らしい。意図的なものか無邪気なだけで結果的にそうなっているのかはしらないが、有色人種の中に格差をつけることで分断統治を進めようとしているのではないかと勘繰りたくもなる。考えすぎと言われるかもしれないが、頭がよくてナルシストでサイコパスでマキアヴェリアンの人はどこにだっているのだ。

 

今年1月にアビゲール・シュライアーの『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』の発売を角川書店がキャンセルしたことは記憶に新しい。トランスジェンダリズムを信奉する人々がこの本はトランスジェンダーを差別する本だとして圧力をかけ、その結果として角川が腰砕けになったのだが、ホールによれば角川が出版を取りやめたのは「人々が言論の自由の権利を行使してこの本に含まれる考え方を角川が推進すべきではないと考えていると言った。角川はその声を聞き、消費者の意見に反応した」だけなのだそうだ。内政干渉と非難されたエマニュエル大使を擁護しようとしたときと同じようなこじつけに私には思えるが。この本は右翼的な書物を専門とする小さな出版社から「発禁になった本」と銘打たれて発売されることになるだろうとホールは予測しているのだが、シュライアー自身のツイートによれば日本での出版権をめぐって入札合戦が起きているそうである。

 

ちなみにLGBTについては米国と欧州も一枚岩ではなくて、英国などはもう道を引き返し始めている。イギリスのタイムズ紙やエコノミスト紙はこの本を年間の推薦本の1つに挙げていたし、アイリッシュ・インデペンデント紙にも好意的なレビューが掲載されていた。

 

大学の先生とはいえ個人のアカウントでの発信なのだから何を発信しようがもちろん自由だ。ただ私たちが気を付けたいのは彼の発信が性質として大手メディアの発信に似ているということだ。大学の先生または大手の報道機関という権威をバックに中立的と感じられる文体で情報が発信する。そこに個人または会社の政治的・思想的見解を忍び込ませる。それによって読者はまるで受け入れ可能な公の場の議論の範囲がそこで指し示されているような印象をうける (彼らが議論の価値はないと仄めかすような見解は公的に議論する価値のない見解のよう聞こえる)。もちろんそれは錯覚であって、それこそが(公的なものではなく)一介の個人または一介の言論機関の見解にすぎないのだが。

 

参考資料

Unseen Japan が削除した椎名カロリーナさんに関するツイートとコミュニティノート

[1]

 

ホールのツイート

*LGBT法案関連 [1][2][3][4][5][6]

*島崎関連 [1][2][3][4]

*シュライアー関連 [1][2][3][4][5][6][7]

 

アビゲイル・シュライアーの『Irreversible Damage』を読みました

アビゲイル・シュライアーの『Irreversible Damage』を読んだ。ご存じの方も多いと思うが、先日KADOKAWAが翻訳本の出版をアナウンスしたが、抗議にあって短期間のうちに出版を取りやめたという本である。

 

私自身はシュライアーが原書の発売時におそらくプロモーションとして出演した 動画を訳していたので、概要はわかった気になっていたのだが、今回日本でも大騒ぎになったということで自分でもしっかり読んでみることにした。

 

読んでみた感想だが、この本には少なくとも思春期の子供を持つ親の年代の人にすればまったくもって常識的なことしか書かれていない。ではなぜこの本が「反トランス」とか「差別的」とかセンセーショナルに叩かれるのか。それは活動家の教義に反することが書いてあるからだ。

 

ではその活動家の教義とは何か。ジェンダー肯定ケアである。思春期の少女が自分は男性だと考えれば医師はそれをそのまま肯定し、医療サービスのオプションを提示する。患者の自己診断が常に最優先。他の病気のように患者の訴えをきいて医師が他の原因があるのではないかと疑うようなことはしない。

 

留保のない全面的なサポートが親にも求められる。疑問をさしはさもうものなら娘は自傷・自殺に走るだろうと医療関係者は言う。親のあずかり知らぬところで学校は子供たちに医療へのアクセスを与え、子供の選んだ名前や代名詞で呼ぶ。親にとっては非常に心配な教育機関の方針である。

 

この本は、トランスジェンダーの子供を持つ親、医療関係者や専門家(肯定ケア推進派・懐疑派両方)、思春期にジェンダーを変えたが現在は元のジェンダーに戻った人々へのインタビューから構成される。文章のトーンは冷静でトランスジェンダー当事者への配慮を最大限払っていると感じられた。

 

KADOKAWAの翻訳本のタイトルは、『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』という。ここに「感染」という言葉が使われているという批判があったが、原書の本文でも「Contagion」という言葉は使われている。ただし、これは病原菌を介して感染するという意味ではなく社会的感染のこと。原書では「Peer Contagion」という形で出てくる。Peerは「仲間」の意。

 

かつてはジェンダー変更を望むのはほぼ男子だったのだが、ここ十数年でジェンダー変更を望む思春期の少女が大きく増えた。彼女たちの多くは白人で裕福でリベラルな家庭に育っている。また、仲間にトランスジェンダーが既にいる場合、まわりの子がトランスを望む率も高い。

 

本書にも登場するブラウン大のリットマン実務助教授(当時)はこの現象を急速発症性性別違和(ROGD)と名付けた。本書を批判する人はROGDが専門機関に認められておらず信頼できる科学的証拠に基づいていないとするのだが、上述のような観察可能な現象が存在することに疑いはない。 

 

また、シュライアーが本書でトランス当事者の少女の話を聞いていないという批判もあるのだが、彼女たちの話を聞くわけにはいかないのである。なぜなら、活動家たちの教義によれば、彼女たちの話をそのまま受け入れず、疑義をはさんだり深堀りすること自体が差別的で有害だとみなされてしまうからだ。

 

著者は少女たちを守るための第一の方策はスマートフォンを与えないことであるという。少女はSNSでトランスジェンダーやアライのコミュニティに参加する。参加者には大人も多い。そこはすべてを受け入れてくれる場所のように少女には見える。大人たちは褒めたり叱ったりしながら親の知らないところで少女を取り込んでいく。

 

本書がアニメを批判していると言っている人が一部にいるが、それは間違い。本文中でアニメに言及されているのは2か所だけ。どちらも親の話として子供がアニメを好きになったと軽く触れられているだけ。親もそれ以上のことは言っていないし、著者のシュライアーも掘り下げることはまったくしていない。

 

翻訳本の副題に「ブーム」という言葉があるのも批判されたが、これも原書副題の"Craze"の訳と考えればそれほど大きく外れてはいない。だが、それにしても今回のKADOKAWAの対応はお粗末。デリケートなテーマだとわかっていながら、「社内でちゃんと話を通していなかったのか?」「理論武装していなかったのか?」と思う。

 

私はイギリス版で読んだのだが、その表紙にはアイルランド人ジャーナリストでトランスジェンダー権利運動の批判で知られるヘレン・ジョイスの「すべての親が読むべき本」という推薦文がついている。私もこれに全面的に賛成する。

 

この本はイギリスではタイムズ紙やエコノミスト紙が年間の優良図書のリストに加え、アイルランド全国紙のアイリッシュ・インデペンデントも好意的なレビューを掲載した。この本についてはアメリカとヨーロッパでは大きな温度差があるようだ。あるいは北米とその他の地域といったほうがいいか。

 

 

バフィー・セントメリー: 先住民の出自にまつわる疑惑

カナダの先住民・クリー族の血を引くと主張して過去60年にわたって活動してきたフォークシンガー/人権活動家の出自に疑惑の目が向けられている。10月に放映されたカナダの放送局CBCの調査報道番組『The Fifth Estate』によれば、彼女は白人の両親のもとにマサチューセッツ州で生まれたアメリカ人だというのだ。 

 

彼女の名前はバフィー・セントメリー。1960年代初頭からグリニッジ・ヴィレッジのコーヒーハウスなどで歌い始め、映画『いちご白書』や修正主義西部劇(開拓者を善玉とする単純な勧善懲悪ではない西部劇)の嚆矢となった映画『ソルジャー・ブルー』の主題歌を歌い、日本でも大ヒットした映画『愛と青春の旅立ち』の主題歌の作曲者にも名を連ねている。先住民を対象とした賞も数多く受賞しているほか、活動家としては先住民の権利のために積極的に発言していた。

 

バフィー・セントメリー: 2015年 (左) と1968年

彼女のデビュー当時からの主張は、先住民の子供として生まれたが、赤ん坊のころにマサチューセッツ州の白人家庭に養子に出されたというもの。しかし、彼女のさまざまなインタビューを突き合わせてみると、辻褄の合わないことがたくさんでてくる。たとえば、出身部族はアルゴンキン、ミクマク、クリーと移り変わる。アイデンティティ詐称を調べるジャーナリストによれば、こうした証言の変遷は要注意サインの1つであるという。

 

彼女公認の回想録によれば、彼女の出生証明書は失われてしまったという。しかし彼女が育ったマサチューセッツ州の役所には彼女の出生証明書が残っていることを番組は突き止める。そこには、彼女も彼女の両親も白人と記載されていた (当時は人種を出生証明書に記載していた)。

 

バフィーの両親

当然のことながら彼女の家族は彼女の嘘にとまどった。だが、彼女の評判を落としたくもなかったし、訴訟のリスクもあったので、当初はあまり公に発言することはなかった。しかし、米空軍を退役後に民間の航空会社でパイロットを務めていた兄のアランが真実を知ってもらおうと70年代の初めごろからさまざまな新聞に投書を始める。

 

アランの投書を掲載した新聞はないようだったが、ある日ビーチボーイズやローリングストーンズもクライアントとして抱えるLAの大手弁護士事務所から手紙が届く。これ以上バフィーの活動のじゃまをすればあらゆる法律的手段に訴えるという警告である。

 

その封筒にはバフィーの手書きのメモも同封されていた。そこには「アラン、あなたがまた私を傷つけようとするなら、あなたが子供の頃私を性的に虐待したことを公表し、勤務先や妻にも伝え、警察に訴える」という脅し文句が含まれていた。法廷で争うリソースのない彼は手を引くことを余儀なくされる。

 

その後、彼女は子供の頃に性的に虐待されたというストーリーをインタビューで話し始め、アランの死後にはその犯人が彼であったことを公言している。アランが死んでしまった今となっては何が真実かはわからない。しかし、この手紙を放送することを番組に許可したアランの娘(バフィーの姪)はバフィーが嘘をついていると信じており、「無名のままでいたかったが、父や祖父のためにもこうした酷い誤りを正さなければならないと思った」と番組に出演した理由を語っている。

 

バフィーの姪のハイディさん

番組放映後もバフィーは先住民の出自であるという主張を変えていない。ミュージシャンの間からは彼女が先住民として獲得した賞を取り消すべきだという声があがっている。彼女は成人後に先住民の家族と養子縁組を結んだのだが、その部族の族長はDNAテストを受けることを彼女に求めている。

 

北米では、名誉・金銭・地位のためにマイノリティを騙る(またはその疑惑のある)著名人が後をたたない。1/64先住民であると主張した米国上院議員のエリザベス・ウォレン、白人の両親を持ちながら自分は黒人だと主張した全米黒人地位向上協会元幹部のレイチェル・ドラザール、先住民文化をテーマに小説を書くカナダ人作家のジョゼフ・ボイデンなど。

 

左からウォレン、ドラザール、ボイデン

 

「日本の性交同意年齢は13歳」という半真実、というかデマをやっつける方法

「日本の性行同意年齢は13歳」という半真実 (half-truth)が欧米で広まったのは、伊藤詩織氏がヨーロッパの何か国かでテレビ番組に出演してレイプ被害を訴えた2018年からです。伊藤氏はそのインタビューの中で性をめぐる日本の状況について、事実と異なる、または誤解を招く表現をいくつか用いています。たとえば「日本社会で育つと誰でも性暴力や性的暴行を経験している」「女子高生として交通機関を使うようになると毎日そういう目に遭うようになる」などです。「日本の性交同意年齢は13歳」という発言もその中の1つです。

 

日本国の刑法では、1907年以来、性交同意年齢は13歳と定められていました (2023年7月にいくつかの条件付きで16歳に引き上げられました)。その意味では、伊藤氏の発言は嘘ではありません。しかし、伊藤氏が開示しなかった情報があります。それは、日本の性交同意に関する法律は2層 (two layered)になっているということです。そのうちの1つが既に触れた刑法なわけですが、もう1つは各都道府県の条例であり、そこでは16から18歳が性交同意年齢とされています。日本ではこの2つを合わせて性交同意年齢が規定されているのであり、刑法の条文だけを用いて日本の性交同意年齢を説明するのは不誠実です。

 

では、なぜ性交同意年齢を2層で規定するなどという「ひと手間」をかけているのか。これは、刑法の古い規定に都道府県条例を新しく追加することで時代に対応してきたという歴史的な経緯もあるのかもしれません。しかし、性交同意年齢を法律で定めるのは一筋縄ではいかない (not straight-forward) ものだからです。たとえば、恋愛関係にある18歳の17歳が性交したとして、18歳を杓子定規に逮捕すべきだと考える人は少ないでしょう。新しい刑法の条文でも「年齢差が5歳以内の場合は」云々と但し書きがついているのはそのためでしょう。

 

「日本の性交同意年齢は13歳」という話は欧米の多くの人には衝撃的だったらしく、いろんなところでカジュアルに話題になっているのを見ました。たとえば、日本在住外国人が英語で発信する系のこちらのエンターテイメント系Youtubeチャンネルです。最近、X (旧Twitter)で同じようなポストを見たのがこのブログ記事を書こうと思ったきっかけです。

 

有利な立場を手に入れるために、相手に道徳的劣位者のレッテルを貼るのはよくある戦術です。そしてオーディエンスの劣情を刺激する性の話は非常に有効です。『アラビアン・ナイト』を性的に誇張・加筆して翻訳したリチャード・バートン卿、慰安婦の強制連行を捏造した吉田清治とプロパガンダに踊った不勉強な欧米の学者やジャーナリスト、一時期話題になった英字毎日新聞のWai Wai ニュースもこの系譜につながるものかもしれません。

 

余談ですが、性的同意の問題は一筋縄ではいかないということを示す1つの例をあげておきたいと思います。私の住むアイルランドでは、婚外で知的障害者と性交した人を刑事罰に問う法律が1993年に施行されました。知的障害者は性交に同意する能力がないという理屈です。もちろん障害者を守るという趣旨で作られた法律だったのですが、これだと障害者は婚外で事実上性交できなくなるため、支援団体が動いて2017年に廃止になりました。この件をテーマにした映画も作られていて、障害者の役は全員障害者の方が演じています。『Sanctuary』というタイトル。ご興味のある方はどうぞ。

 

 

日本はジェンダーギャップ指数125位だとドヤる人に反論するための材料

日経新聞の対談記事(2023/9/3公開)で駐日英国大使のジュリア・ロングボトム氏がジェンダー平等の点で日本は英国に30~40年遅れていると感じると発言しました。 

 

私も日本がジェンダー平等の点で完璧な国だとは思っていませんが、自分の国の価値判断を絶対視して「日本は英国に30~40年遅れている」と無邪気に発言するのは外交官としてガードが下がりすぎているのではないかと心配になります。しかし、こうした要人の雑な発言を放っておくと、「日本は英国に30~40年遅れている」みたいな議論が通説となってしまうおそれがあるので、面倒くさがらずに反論をあてていったほうがいいと思うのです。

 

ジェンダー不平等指数

ジュリア・ロングボトム大使が持ち出すデータのひとつは、例によって世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数です。今年の同指数では日本は125位。政治・経済分野での女性の進出の少なさがこの順位の低さにつながっているようです。

 

しかし、1つの指数をもって日本がたとえば英国より遅れていると結論付けるのは早計です。たとえば、国際連合総会の補助機関である国連開発計画(UNDP)は人間開発報告書なるものを毎年発表しています。この報告書は、人間開発にまつわるさまざまな調査結果をまとめたものです。そこで算出された指標の1つに「ジェンダー不平等指数」というものがあり、報告書では不平等が少ない順に並べたランキングを発表しています。最新の2021年のデータでは、日本は191か国中22位、イギリスが27位なのです。

 

実際に反論するときの資料としては、Wikipedia 英語版の「Gender Inequality Index」のページが便利です。短くまとまっていますし、2019年のデータですがランキングも表になっています (2019年は日本は17位、イギリスは26位です)。もちろん最新の人間開発報告書を出してもいいんですが、こちらは数百ページにおよぶ大部ですし、ランキングの表も読みにくいです (ランキングの表は303ページに掲載されています)。

 

ちなみに、最新版2021年の第25位までは以下のとおりです。

1 デンマーク、2 ノルウェー、3 スイス、4 スウェーデン、5 オランダ、6 フィンランド、7 シンガポール、8 アイスランド、9 ルクセンブルク、10 ベルギー、11 UAE、12 オーストリア、13 イタリア、14 スペイン、15 ポルトガルと韓国、17 カナダ、18 スロベニア、19 オーストラリアとドイツ、21 アイルランド、22 日本とフランスとイスラエル 25 ニュージーランド  

 

「日本はジェンダーギャップ指数は125位」とか「日本は○○年遅れている」みたいな雑なドヤりには、上のジェンダー不平等指数を出すだけで十分に反論の用は足りると思うのですが、もう少し日本と西洋の状況が異なることを示すデータをみていきましょう。

 

家計の主導権

まず、日本は女性が家計の主導権を握る割合が非常に高いということです。2012年と少し古いデータになりますが、ドイツの社会科学調査機関であるGESISが発表したISSP (International Social Survey Programme) という報告書があります。調査対象の35か国のうち、妻が家計の財布の紐を握る割合が最も高いのは日本で55.7%。次にフィリピン(51.3%)、韓国(49.4%)と続きます。4位はぐっと下がって28.1%のロシア。中国は20.5%で7位。アメリカは16.8%で13位、フランスは3.2%で31位です。イギリスはこの調査の対象国ではありませんでした。

 

日本では妻が家庭の大蔵大臣の地位を占める割合がこれほど高いということを、国外の多くの人が知らないのは仕方のないことですが、こうしたデータを提示することで社会の成り立ち方が異なるのだということを実感してもらうことができるでしょう。このデータを出す目的は、西洋的な社会の成り立ちが唯一の文明的な社会の成り立ちだという無邪気な考え方に冷や水を浴びせることです。

 

詳しい解説やデータを視覚化した見やすいグラフについては、プレジデント誌のこちらの記事をご覧ください。

 

幸福度

次のデータは、女性の幸福度と男性の幸福度を国ごとに比較したものです。データの出典は2010-2014年期の World Values Survey と European Values Survey となります。

 

 

最初のグラフからは日本の女性の幸福度 (無回答を含む全体に占める「非常に幸せ」と「かなり幸せ」の比率の計) が約 90%、男性は約 80% であることがわかります。そして、第二のグラフからは、女性の幸福度から男性の幸福度を差し引いた値が調査対象の57か国中、最も高いのが日本であることがわかります。英語圏の人が持つ「Happy」の語感と日本人が持つ「幸せ」の語感は違うなどの国際比較の問題点はありますが、同じ国の中で男女間の差が一番大きいのは日本であるという調査結果に変わりはありません。

 

安全性

また、日本は女性にとって安全な国であるということがいえます。龍谷大学の津島昌弘教授が、欧州の調査結果と比較するために調査方法も踏襲して同様の調査を行ったのですが、「暗数」を含めても日本は欧州より安全、という結論になっています。

 

実際の論文はこちら。わかりやすいまとめ記事はこちら

 

まとめ

数か月前には駐日のアメリカ大使がLGBTに関して日本はアメリカの30年前の状況であると述べていました。「日本は○○年遅れている」みたいな発言は、西側の社会的な進化の道筋が人類の唯一の進化の道筋であるという考えがなければ言えないわけですが、世界は西洋中心に回っていると無邪気に思ってるのか、世界を西洋中心に回すぞという明確な意思に基づいて戦略的に言ってるのか、どちらなんでしょうか。

 

冒頭に書いたように日本がジェンダー平等において完璧な国だとは私も思っていませんし、日本は英国より進んでいるなどという不毛な議論をするつもりもありません。しかし、日常生活や職場で「ジェンダーギャップ指数125位」や「日本は○○年遅れている」などのガードの下がった議論を吹っかけてくる人に対しては、反射神経を発揮して、その場で反論の1つもしておかなければ「ガードを下げても打ち返してこない人(打ち返す力も気力もない人)」というカテゴリに分類されて、まともに相手にしてくれなくなるかもしれません。がっぷり四つに組む前に、面倒くさくても組み手争いはしておく必要があるということです。

 

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