ジョーダン・ピーターソンの病状を説明するYouTube動画を娘さんのミカエラさんが先日公開しましたが、この件について友人であるダグラス・マレーがメール・オン・サンデー紙のコラムに書いていたので訳してみました。
(翻訳ここから)
言論の自由の殉教者: ジョーダン・ピーターソンはポリティカル・コレクトネスに対する反対運動の先頭に立ったことで左派に非難された大学教授だ。その彼が重い病を患っている。彼が支払った高価な代償について、親しい友人であるダグラス・マレーが明らかにする
文: ダグラス・マレー (Douglas Murray)
2020年2月16日
先週、心を揺さぶられる動画がYouTubeにアップロードされた。ある女性が、非常にプライベートな出来事をカメラに向かって語った。
彼女の父親は、'ポリティカル・コレクトネスに反対する教授' として有名になったジョーダン・ピーターソンだ。その彼が、抗不安薬であるベンゾジアゼピンへの深刻な依存により入院し、現在はロシアで集中治療を受けているというのだ。
「彼は何度も死にかけた」。既に240万回以上再生された動画の中で彼女は冷静にそう言った。
「西側の医療システムで受けた治療により、彼は死の一歩手前までいった」。
必ずしも自由社会とは言えないロシアに彼がいる理由について、ミカエラ・ピーターソンはこう説明した。「ロシアの医師たちは製薬会社の影響を受けていない」
「彼らは、薬を原因とする症状を治療するために、薬を追加したりはしない。勇気をもって、ベンゾジアゼピン依存の患者を医学的に解毒しようとする」
もちろん、ミカエラが言うように、彼に '神経障害' が残る可能性があるというのは、このカナダ人心理学者の家族にとって悲劇である。
しかし、今日の生活に大きな影響を及ぼしている文化戦争に関心がある人ならば、誰もが測り知れない悲しみを感じるはずだ。
57歳のピーターソンは、近年において世界で最も話題となった知識人であり、誰よりも激しくポリティカル・コレクトネスの忍者たちと勇敢に闘ってきた。新しく押し付けられた、息の詰まるような教義がはびこる時代において、彼は、あらゆる問題について、人々が真実だと知っていることを言葉にしてきた。
女性と男性は生物学的に違う。人は自分の人生に責任を持つ必要がある。現代の生活は、空虚で意味がないように見えることが多い。
しかし、真実の語り手として世間の注目を集めることには、非常に大きな犠牲が伴った。公衆の最大の敵となったことが、彼の現在の状況をもたらしたと言えるかもしれない。
ピーターソンはまず彼の地元であるトロントで人々の注目を集めた。いわゆる '表現の強制'、たとえば、トランスジェンダーの人を、その人が選択した代名詞で呼ぶことを法律で強制することにノーと言ったのだ。
彼は、批判者が言うような 'トランスジェンダー嫌い' ではない。自由な社会において、どのような発言が許されるか政府が決めることを拒絶しているだけだ。
最初の嵐が過ぎ去った後も、ピーターソンが行くところ、論争の炎が燃え上がらないことはないような有様だった。
そして、彼を打ち負かそうとした人々は常に焼き焦がされた。
講義や講演をアップロードした彼自身のYouTube チャンネルの動画は、合計で何千万回も視聴された。
一部の左翼メディアは、筋の通ったことを言ったというだけで彼を責め立て、粉砕しようとした。
おそらくその最も有名な例は、彼が2018年にイギリスを訪れたとき、チャンネル4ニュースのキャシー・ニューマンが 30分かけて彼を誘導尋問にかけたインタビューだ。
トランスジェンダーの権利や男女平等についてピーターソンをやり込めようとしたニューマンは、彼の発言を彼女自身のイデオロギー的アジェンダに沿うように歪めようと試みたが、失敗に終わった。
そのインタビューの動画は瞬く間に拡散され、ピーターソンを破壊しようとする他の試みと同様に、彼の支持者層がさらに広がるのを助けただけだった。
2018年に出版された彼の著書『人生の12のルール(12 Rules For Life)』は、世界的な No 1 ベストセラーになった。
講演ツアーでは、アリーナ級の会場がすぐにソールド・アウトになった。
あらゆる年齢とバックグラウンドの人が彼の話を聞きに来たが、 特に強く共鳴したのは若者だった。
'気持ち良くなることが正義' (訳注)、そして '地球を救うために余暇を使おう' というエトスに支配された社会において、ピーターソンは異なるメッセージを発した。
(訳注: ここでは、物質的な満足感により気持ちよくなることではなく、現実に役に立つかどうかは深く考えずに、理想の社会正義を口にすることで精神的に優位に立つことで気持ちよくなることを指す)
そこには、古き良き価値観の復活も含まれていた。背筋を伸ばそう。自分の家の中を整えよう。家の中すらきれいにすることができない人が、社会やこの惑星を良くすることができるわけがない。
彼は、意味のある人間関係を築くことを人々に説いた。その場の満足ではなく、将来の満足を見据えることを勧めた。
そして、目的のある人生を送るように、すなわち、私たちが生きているこの人生は、単なる底の浅い消費ゲームではないのだと唱えた。
私が彼の講演を初めてロンドンで見たとき、場内の雰囲気は衝撃的だった。
ピーターソンは、優れた手腕で、ユダヤ教/キリスト教の伝統の美徳、神話の重要性、過去から現代まで人々の生活に息づく偉大なストーリーの意義について説明した。
それは、宗教的かつ世俗的であり、なじみ深いと同時に過激だった。
この頃には、私たちは友人となり、2つの会場で共にステージに登った。
そこには、共通の友人である哲学者のサム・ハリスもいた。私たち3人は、ダブリンのスリー・アリーナとロンドンのO2アリーナに登壇した。どちらの会場にも約10,000人が集まり、私たちが神、政治、社会について議論するのを聞いた。
そこにいた聴衆の大多数がピーターソンを見にきていたことは間違いないし、彼はそれにふさわしいと私は思う。
数えきれないほどの敵が現れたのは必然だった。彼のメッセージが気にくわなかった人々だけではない。知識人がこれほどまでのスターの座を獲得したのを見たことがなく、それに嫉妬した人々もいた。
彼はTwitter上で常に暴言を浴びせられ、出版物には攻撃的な批判記事や中傷が絶え間なく掲載された。
そして、昨年の3月には、ケンブリッジ大学が、教職員や学生の抗議を受けて、客員特別研究員の招きを取り消した。
彼らは、世界で最も著名な教授を迎え入れずにすむ理由を探した。そして、ファンの集いに参加したある男と並んでピーターソンが写った写真に震えあがったふりをした。その男が着たTシャツには、「私は誇り高きイスラム嫌い」というスローガンがプリントされていたのだ。
ケンブリッジ大の腰抜けは、ピーターソンはそこに立っているだけで、その男を '不用意に承認した' ことになると言うのだ。
一方で、彼の周りにいる人々は、彼の超多忙なスケジュールについて心配していた。講演が、毎日、別の都市で、時には別の国で行われた。メディアのインタビューもひっきりなしだった。
昨年の4月、妻のタミーが末期の癌であると診断された。
この精神的ストレスに対処するため、彼は抗不安薬であるベンゾジアゼピンの服用量を増やし始めた。
彼は、これまで常に、自身の鬱の病歴について率直かつオープンであったし、この恐ろしい苦痛に立ち向かう方法について、人々にアドバイスを提供しようとしてきた。
昨年9月、娘のミカエラは、ピーターソンがリハビリ施設に入ったことを発表した。
そして、今週になって、大変なニュースが届いた。
ミカエラ (彼女自身も関節炎と自己免疫疾患に苦しみ、肉だけを食べるという物議を醸す食事療法で治療してきた) は、そのメッセージの中で、ジョーダン・ピーターソンが過去8か月にわたって薬の影響から逃れることに取り組んできたと話した。
この痛ましいニュースに対する反応がもっと優しいものであればよかったのにと思う。
しかし、思いやりにあふれる人として自分自身を演出する人々は、彼らが善と見なす道理のためには途轍もなく底意地悪くなれるというのが、この毒々しい時代の特徴だ。
元気だった頃のピーターソンにその正体を暴かれた社会正義活動家たちは今、彼が抗議できないのをいいことに、毒を吐いている。
インディペンデント紙のウェブサイトは、'いたるところからトランスジェンダー嫌いという非難' を浴びた 'オルタナ右翼の傀儡' だと彼を非難した。
ガーディアン紙のジャーナリストであるスザンヌ・ムーアは愉快そうにこうツイートした。「編集者の皆さん、ジョーダン・ピーターソンがロシアに身を潜めています。チェーンソーで私にやさしくヤラせて(訳注)。私にこの記事をかかせてね。よろしく!」
Hello Editor types
— suzanne moore (@suzanne_moore) 2020年2月10日
Jordan Peterson holed up in rehab in Russia. Fuck me gently with a chainsaw....let me do that story . Come on!
(訳注: “Fuck me gently with a chainsaw” は1998年の映画『ヘザース/ベロニカの熱い日』(ウイノナ・ライダー主演)からの引用。映画の中では、「いいかげんにして」または「冗談はやめて」ぐらいの意味で使われている)
彼と同じくカナダの学者であるアミール・アタランは、'Karma' (報い) というハッシュタグを付けてTwitterでこうつぶやいた。「騙されやすい若い男たちのための神託であり、マッチョなタフネスの説教師であり、'スノーフレーク' (訳注) を威圧的にいじめてきたジョーダン・ピーターソンが、強力な薬の中毒者となり、彼の脳は '神経障害' に蝕まれた」
「彼にふさわしいのは、彼が他人に示したのと同じくらいの思いやりだ」
#KARMA
— Amir Attaran (@profamirattaran) 2020年2月8日
Jordan Peterson, oracle to gullible young men, preacher of macho toughness, and hectoring bully to “snowflakes”, is addicted to strong drugs and his brain riddled with “neurological damage”.
He deserves as much sympathy as he showed others. https://t.co/a0lHWZlqrX
(訳注: Snowflake - 本来の意味は “雪片”。すぐに溶けてしまう脆いものということから、自分の気に入らない言動を見聞きしたときにすぐに大げさに反応してしまうような過敏な左派の人を揶揄して使う言葉)
これらは、彼に向けられた下水のような罵倒の中で目についた、ほんのいくつかの例に過ぎない。
ならば、この私が彼を支援する言葉を1つか2つ贈ろうではないか。
私はこれまで、何人かの非凡な人物に出会った。当然のことながら、彼らにはファンがいる。
小説家のマーティン・エイミスは、「ファンはすぐにわかる。なぜなら、ヒーローに会ったときに震えているからだ」と書いている。
ジョーダン・ピーターソンの場合は、そうではなかった。皆さんが話として聞いているだろうことを、私は実際にこの目で見た。彼と街の通りを歩いているときに。または本のサイン会で彼の隣に座っているときに。
ファンが彼と話せる時間はほんの20~30秒間だ。その中で、ファンが話すのは、どれだけ彼の仕事や作品を愛しているのか、ということではなかった。
彼らは、ピーターソンが彼らの人生をどのように変えたかについて話すのだった。
偉大な作家であっても、人生の中でこうしたことが数回でも起これば幸運だろう。ところが、ピーターソンには、これが一晩に何度も起こった。
あるイベントの後で彼のもとにやってきた20代の男のことを私は忘れない。
ピーターソンが本にサインをしている間、ファンの男はこう話した。彼は1年半前には安アパートの一室で、ゲームに耽り、マリワナをひっきりなしに吸っていた。
それが今、彼は結婚し、定職に就き、彼の妻は最初の子供を身籠っている。
これはすべてピーターソンのお陰なのだと彼は言った。同じような話を私は何度も聞いた。
真摯で成熟した社会は、こうした現象から教訓を得ることができるだろう。
彼をはねつけ、嘲笑い、ボロを出させようとはしないだろう。その代わり、多くの人がお手軽なウソを語りたがる一方で、難しいが必要な真実を語ろうとする人は少ない社会に暮らしていることを認めるだろう。
現代の虚飾とテクノロジの下には、目的意識の重大な欠如、すなわち混沌が潜んでいることにも気づくだろう。それは、特に若い人々にとって、身のすくむほど恐ろしいことであり、ほとんど誰もその対処方法を語ろうとしてこなかった。ピーターソンはこの混沌に処方箋を与えようとしたのだ。
壮大なプランを描くのではなく、実現可能な小さな手順を示すことで。そして、そのすべては、率直に言って見事でインスピレーションに富んだ知識と好奇心に裏打ちされている。
彼は自分が聖人だと唱えたことはない。彼がすべての答えを知っていると仄めかしたこともない。
しかし、彼は、どこに答えがないかを知っていた。この薄っぺらで刺々しい時代の表面だけを見ていたのではわからない、深い意味と目的のある人生を過ごせることを知っていた。
ジョーダン・ピーターソンは並外れた人物だ。
しかし、彼もまた弱さと脆さを抱えた人間に過ぎない。
ピーターソンは快方に向かっていると彼の娘は言った。何百万もの人々に代わって私が言おう。「友よ、早く良くなることを祈る。世界は君を必要としている」
(翻訳ここまで)
ダグラス・マレーの著書: 『西洋の自死: 移民・アイデンティティ・イスラム』東洋経済新報社、2018/12/14発売
ジョーダン・ピーターソンの著書: 『生き抜くための12のルール 人生というカオスのための解毒剤』朝日新聞出版社、2020年7月7日発売
おまけ:
ドキュメンタリー映画の『The Rise of Jordan Peterson』の中のワン・シーン。街なかで撮影中に、長髪、バンダナ、革ジャンというカウンター・カルチャー系のステレオタイプのような若者がピーターソンに話しかけてきた。製作陣は、この男はアンティファに違いない、ピーターソンに攻撃を仕掛けてくるぞ、と身構えたのだが、その若者は実はピーターソンの大ファンで、彼の動画に精神的に助けてもらったことについて感謝の言葉を言いにきたのだった、という話。
このエピソードを語る監督とプロデューサーのインタビュー (4:49 くらいから)