コラム「なぜ左派はそれほどまでにジョーダン・ピーターソンを恐れるのか」を訳してみた

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2018年8月に米アトランティック誌に掲載された「なぜ左派はそれほどまでにジョーダン・ピーターソンを恐れるのか」を訳してみた。書いたのはケイトリン・フラナガンという女性コラムニスト。

 

民主党の牙城ともいえるLAのリベラルな中産階級家庭で育った白人の男子学生たちに、ピーターソンがどのように受容されていったのか。そのあたりが面白かったので、ちょっと古い記事ですが、訳してみました。

www.theatlantic.com

(翻訳ここから)

なぜ左派はそれほどまでにジョーダン・ピーターソンを恐れるのか

このカナダ人の心理学教授が大きな注目を集めるのは、左派が衰退しており、非常に脆弱であることの証拠である。

2018年8月9日

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ケイトリン・フラナガン(Caitlin Flanagan)

 

2年前のこと。私が1階に下りると、ティーンエイジャーの息子の1人が、風変りなYouTube動画をテレビで見ていた。

 

「それは何?」と私はたずねた。

 

彼は真剣な顔をして振り返り、「トロント大学の心理学の教授が、カナダの法律について話しているんだ」と説明した。

 

「そうなの?」と私が言ったときには、彼は既に視線を画面に戻していた。彼はインターネットの一番奥にたどりついたのだろう、と私は思った。その先にはもう何もない場所だ。

 

その夜、息子は動画について私に説明しようとした。しかし、私の耳には雑音にしか聞こえなかった。私はもっと面白いことを話したいと思っていた。だが、そんなことはどうでもいい。彼の友人の多くが同じように動画を見て、仲間同士で会話していたのだ。彼らは皆、青く染まった (注1) ロサンゼルスのリベラルな家庭で育った進歩的な民主党支持者であり、そうした若者たちに期待されるあらゆる社会的な振舞いを身に着けていた。

 

(注1: 青は民主党のシンボルカラー)

 

少年たちは高校を卒業し、大学に進んだ。そして、アメリカの大学キャンパスを牛耳っている、ある種の規制された話法 (注2) の洗礼を受けた。彼らは波風を立てなかった。文化の盗用やヘイト・スピーチに怒り狂っている学生たちと事を構えたりもしなかった。それどころか、そうした学生たちの多くと強い友情の絆を築いた。勉学に励み、小論文を書いた。そして、寮の自室で、アウェイの試合に行くバスの中で、ジムで体を鍛えながら、このジョーダン・ピーターソンという男のポッドキャストや講義に耳を澄ませ始めた。

 

(注2: ポリティカル・コレクトネスを強く意識した話し方)

 

若者たちはヒラリーに投票した。トランプが当選したと聞いて、驚いて家に電話をかけてきた。議会で民主党を多数派にするにはどうすればいいか議論した。そして、彼らはピーターソンを聞き、サム・ハリス、デイヴ・ルービン、ジョー・ローガンを聞いた(注3, 4, 5)。こうした講義や議論はときに長たらしく、トピックが難解であることも多かったが、おそらくこれは彼らが人生で初めて聞いたアイデンティティ・ポリティクス (注6) への地に足のついた反論だった。

 

(注3: サム・ハリスは作家/哲学者/脳科学者。無神論者であり、宗教批判、特にイスラム教の批判で知られる)

(注4: デイヴ・ルービンは、コメディアン/トークショー・ホスト。自身がホストを務める「ザ・ルービン・レポート」では、ピーターソンを始め、進歩主義左派を批判する言論人を招いて会話することが多い。自身の政治的信条は、クラシカル・リベラルであるとしている)

(注5: ジョー・ローガンは、コメディアン/総合格闘技コメンテーター/トークショー・ホスト。ポッドキャスト番組「ザ・ジョー・ローガン・エクスペリエンス」では、ダイレクトな語り口でゲストから話を引き出す)

 

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 (注6:アイデンティティ・ポリティクスは、性別、人種、性的指向など、特に社会的に抑圧されているとされる特定のアイデンティティに基づいて集団の利益を代弁して行う政治活動。保守派からは、マルクス主義の階級闘争をアイデンティティ闘争に置き換えたに過ぎないと批判されることが多い)

 

これは些細なことに見えるかもしれないが、実はそうではない。アイデンティティ・ポリティクスの枷 (かせ) を外すことで、宗教、歴史、神話など、あらゆる種類のことをこれまでと違った方法で議論することが可能になった。イデオロギーの介在なしに、アイデアを直接体験することができるのだ。自分では気付いていなかったかもしれないが、彼らは、公式の教育を施している人々の鼻先で、課外授業に熱心に耳を澄ませる膨大な数のアメリカの大学生に合流していたのだ。

 

これらはすべて静かに起こった。監視され、怒号を浴びせられ、関係当局に通報されるキャンパスのフリー・スピーチ・ゾーン (注7) でではなく、衛星からイヤーバッドに注ぎ込まれる形で起きた。そのため、左派はこれが彼らにとって大きな問題であることに気付くのが遅れた。ちょうど、合唱団をやめたことに親が気付く頃には子供たちがすっかり急進化していた1960年代のように。そして、これはけっして大学生だけの話ではなかった。

 

(注7: 大学のキャンパス内で、政治的抗議運動などをしてもよいと定められたエリア)

 

この国のいたるところで、あらゆる種類の人がこうしたポッドキャストを聞いていた。驚くほど多彩なゲストを迎え、多岐にわたるトピックについて語り合うジョー・ローガンの型破りな番組は、しばしばピーターソンのアイデアの震源地となった。本人が登場して語ることもあれば、彼と緩くつながる思想家が話をすることもあった。ローガンのポッドキャストは、毎月数百万回もダウンロードされている。何が起きていたにせよ、それは、伝統的な文化の番人が把握する能力を超えた規模とスピードで起きた。何が起きているのか左派が遂に気付いたとき、彼らにできたことは、太平洋からスプーンで水を汲み出すことだけだった。

 

警報が鳴ったのは、発売当初から堂々たるベストセラーとなった「生き抜くための12のルール (12 Rules for Life)」をピーターソンが世に出したときだ。なぜなら、左派は本を文化の推進力と認識しているからだ。本の出版を契機として、敵意のある人物紹介記事や論説がたくさん書かれた。しかし、この本をイデオロギー的に攻撃することは難しかった。なぜなら、これは政治性の少ない自己啓発本であり、文学的であると同時に有益で、そしてなにより、商業的に成功しているのだ。こうしたすべてが批評家たちを苛立たせた。「あんなのは単なる常識に過ぎない」。彼らは眉を吊り上げながら口々にそう言った。このこと自体が何かを物語っている。常識に過ぎないものに、なぜそんなに腹を立てるのか?

批評家たちは、この本がベストセラーであることを知っていた。しかし、その影響力を把握できなかった。なぜなら、彼らはこの本を読んでいないからだ。カナダで最初に出版されたとき、ニューヨーク・タイムズのリストに掲載されなかったからだ。しかし、Amazonではしばしばノンフィクションの分野で最も売れている本となっていた。そして、おそらくもっと重要なことは、オーディオブックが大量に売れていたということだ。ピーターソンのポッドキャストや動画と同様に、オーディオブックを聞く人は日々の生活に忙しい。洗濯物を畳み、商品を運ぶ長距離トラックを運転し、オフィスから帰宅するときに渋滞に巻き込まれ、ジムでフィットネスの維持に励んでいる。この本は、彼らの多くがそれまで表現できなかった、心の奥底に潜む感情に言葉を与えたのだ。

 

自己啓発をテーマとしたベストセラーの著者が、定評のある朝の番組に出演していないというのは考えにくいことである。「トゥデイ」、「グッド・モーニング・アメリカ」、「CBS・ディス・モーニング」といった番組は、その放送時間のほとんどすべてを自己啓発の話題に費やしている。しかし、番組プロデューサーは彼を番組に呼ばなかった。ピーターソンはスタジオに行かなかった。ライフスタイル業界の有名人に交じって、日常生活のシンプルな工夫がもたらす心理学的なメリットについて、知見を披露したりはしなかったのだ。快進撃はここで終わるはずだった。しかし、その頃には、ピーターソンは本のプロモーションであちこちを飛び回っていた。従来のプロモーション・ツアーと唯一異なる点は、毎回のように2,500人をゆうに超える聴衆が彼の話を聞きに詰めかけていたということだ。それに加え、彼のポッドキャストや動画は、何百万人もの視聴者を抱えている(ピーターソンのYouTubeチャンネルの動画は、合わせて数千万回再生されている)。どうやらこの本には「トゥデイ」の後押しは必要なかったようなのだ。

 

左派には、彼を失脚させなければならない明白で差し迫った必要性があった。彼や、いわゆる “インテレクチュアル・ダーク・ウェブ(IDW)” (注8) のメンバーが提供しているのは、アイデンティティ・ポリティクスに対するクリプトナイト (注9) なのだ。信用を台無しにするような思想を彼に関連付けようとする熱心な動きがあった。たとえば、彼は「強制的一夫一妻制」なるものを支持しているというのだ。これは、一部の文化に存在する、結婚を促す社会的圧力を指す人類学上の概念である。彼がこの言葉を用いたのは、幅広いトピックについて話したニューヨーク・タイムズ紙記者とのインタビューにおいてである。その結果、彼は政府が結婚に介入すべきだと信じているという嘘が、何度も何度も繰り返された。また、トランスジェンダーに対して、彼らのジェンダー・アイデンティティに沿った代名詞を使うのをピーターソンが拒否したというのも間違いである。彼が拒否したのは、特定の話し方をしなければならないと要求する法律に従うことである (注10)

 

(注8: IDW は、ピーターソン、ハリス、ローガン、ルービン、ベン・シャピーロなど、大学やメディアを支配するアイデンティティ・ポリティクスやポリティカル・コレクトネスに反対する特定の言論人の集団を指す言葉)

(注9 : スーパーマンの弱点として知られる架空の物質)

(注10: ピーターソンが大きな議論を巻き起こしたのは、2016年、彼の住むカナダのオンタリオ州で、「トランスジェンダーの人が望むジェンダー代名詞(he, she など既存のものだけでなく、新しく作ったものも含む)を使わなければ人権侵害になる」という法律の制定に、言論の自由の観点から反対するビデオを公開したとき。注意していただきたいのは、ピーターソンはトランスジェンダーの権利についてどうこう言いたかったわけではなく、人が何を言うかを強制する条項を法律に組み込むことに反対していたのだということ。冒頭で筆者の息子氏が見ているのも、おそらくこれに関するビデオ)

 

個々の読者がジョーダン・ピーターソンを嫌う理由はたくさんある。彼がユングの支持者であることが気に入らない人もいるだろう。彼自身が認めているように、彼は非常に真面目な人間だから、もっと楽しい話をすればいいのに、と思う人もいるかもしれない。あなたにとって、彼は退屈かもしれない。アイデンティティ・ポリティクスにもアイデンティティ・ポリティクスへの反論にも興味がない人もいるだろう。さまざまな論点について、彼に異議を唱える正当な理由はたくさんあるし、多くの人が実際にそうしている。しかし、ジョーダン・ピーターソンに対する左派の執拗で非合理な憎悪については、説得力のある理由はない。では、いったい何がそうさせるのか?

 

それは、現在、文化や芸術の分野では左派がますます優勢になっているように見えるかもしれないが、実際には衰退期に入っており、非常に脆弱だからだ。左派が恐れているのはピーターソンではなく、彼が推し進めるアイデアだ。それは、どのような種類のアイデンティティ・ポリティクスともまったく相いれない。ネイション誌で詩を担当する編集者たちが、素人臭いが超絶的に意識の高い詩を雑誌に掲載した。しかし、彼らを待っていたのは、ポリティカル・コレクトネスの落とし穴だった。編集者たち(そのうちの1人はハーバード大の英語学科の正教授だった)は、喜劇的なほどの過剰な感傷と職を失う不安な気持ちを滲ませた書簡を共同で書き、批判者たちの許しを請うた。当の詩人も、謝罪とも、ヘイル・メアリー・パス (注11) とも、遺書ともとれる声明を発表した。そして、これらすべてが、より大きな正義に向かう道のりで起きた残念だが小さな出来事として聖なる館に受け入れられたとき、何かが死んでいった。(注12)

 

(注11: アメフトで試合終了間際に投げるいちかばちかのロングパス)

www.youtube.com

(注12: ネイション誌は米国で150年以上の歴史を誇る左派系の雑誌。アンダース・カールソン=ウィーという白人男性詩人が発表した詩が、黒人英語を使っているということで文化の盗用だと非難され、また一部の言葉遣いが身障者差別だと非難された)

 

ニューヨーク・タイムズ紙の発行人は、大統領との会談について冷静な声明を発表した。その中で、彼はトランプの “非常に問題のある反マスコミのレトリック” の問題についてトランプに指南したと書いた。その3日後、同紙は、あるライターを雇用したと発表した (注13)。そのライターは、白人、共和党支持者、警察官、大統領への憎悪と、特定の女性ライターやジャーナリストが “存在” を止めるべき必要性についてツイートした過去があった。そして、この新規採用者が現場記者ではなく、編集委員会の一員として同紙が世界に向けて発する意見の形成に一役買う立場であれば、腐敗したシステムに代わるアイデアのパラレル文化が出現するのは不思議ではない。バラク・オバマは、南アフリカで行った講演において、白人の男性というだけで “意見を言う資格” がないというのなら、その文化は袋小路に入り込んでいると言った。アイデンティティ・ポリティクスの桂冠詩人である彼が、その信奉者に手の内が見えているぞと仄めかすようなメッセージを出すことに決め、そして、そのSOSさえ無視されるとき、終末時計の針はまた進む。

 

(注13: サラ・ジャング(Sarah Jeong)という若いジャーナリスト。2013 – 2014 年頃に、白人に対する人種差別的なツイートをしていた苗字は日本語では "ジョング" または "チョン" と表記される場合あり)

 

死を目前にした喘鳴が聞こえる中、登場したのがピーターソンを筆頭とする思想家の一群だ。彼らは、世界を理解するための代替手段を提供した。そうしたものに飢えていた非常に多くの人々に対してだ。彼の支持者は数多く、多様性にも富む。だが、かなりの数のファンは白人の男性である。このため、彼らは赤いピルを飲んだ軍団 (注14) なのだと左派は自動的に思い込んでしまう。しかし、真実は逆だ。オルタナ右翼 (注15) は左派と同じくらいの熱心さでアイデンティティ・ポリティクスを崇める。それは、オルタナ右翼の Web サイトである「カウンターカレント」に、「ジョーダン・ピーターソンのアイデンティティ・ポリティクスの拒絶は、白人文化の破壊を許す」という小論文が最近掲載されたことでもわかる。

 

(注14: Red pilled army – 赤いピルを選べば不愉快な知識と残酷な真実を知ることになるが、青いピルを選べば無知なまま安楽に暮らせる。どちらを選ぶか、という映画『マトリックス』のシーンから。赤いピルを飲む、という言い方は、リベラル左派だった人がリベラル左派批判に転じることを指す場合が多い。筆者は、ここではRed pilled armyを明らかに悪い意味で用いているが、一般的には特に悪い意味を持つわけではない)

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(注15: オルタナ右翼またはオルト・ライトは、現在ではほぼ白人優越主義と同義。ピーターソンやIWDのメンバーは、彼らのことを激しく非難しているか、少なくとも距離を置いている)

 

ネイション誌の詩に関する騒動、ニューヨーク・タイムズ紙の採用、そしてオバマの救難信号を生んだような種類の哲学への反発が、ドナルド・トランプの当選にまったく関係なかったと考える人がいれば、その人は夢を見ている。また、こうした狂乱を拒絶するのは共和党支持者だけだと考えるのも、同様に妄想に憑りつかれている。今のホワイトハウスを嫌うのと同じくらい、文化の大部分を牛耳るアイデンティティ・ポリティクスが、ますますいびつな形でいたるところに顔を出すのを嫌う人は、アメリカ中にたくさんいる。こうした人々は、イデオロギーを求めているのではない。アイデアを求めているのだ。そして、多くの人は、善いものと悪いものを見分ける力を蓄えてきている。彼らを罵るなら、民主党はその危険性を覚悟すべきだ。彼らを当然の味方として期待するなら、共和党は幻想の中にいる。

 

ピーターソンの新しい本の中で最も危険な “常識” は、おそらく最初に置かれたものだろう。パワフルな既存の秩序と闘うことに関心があるすべての人に、彼は欠くことのできない一片の知恵を授けた。「胸を張り、」とルールNo. 1は始まる。「まっすぐ立ちなさい」。

(翻訳ここまで)

 

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